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2014/06/01

2014年06月01日

        

人生のからくりの不思議

category - 日記
2014/ 06/ 01
                 


入江登美子さんという主婦の方がいました。


お父さんが心臓発作で亡くなった時、6歳の登美子さんは隣で寝ていました。
眠る前、いつものように遅々と遊ぼうと思った登美子さんに
しんどいから・・と隣に横になったお父さん。

夜中に救急車の気配で目が覚めると、「あと5分早かったら」とつぶやく
救急隊員の言葉が聞こえました。
自分が気が付いていたら父親は死ななかった!自分は間違いをした!
自分は罪の償いに母や祖母を幸せにしなくてはいけない!

登美子さんは、素直な感情を出さずに気を遣う、辛い子供時代を送り、
淋しい心を抱えて主婦になっていました。

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登美子さんは、おばあちゃんに可愛がられた子でしたが、
欲しくない上等のコートを買ってあげると言われて、
がっかりさせないために、喜ぶふりをするような子でした。

そんな祖母の死に際して、登美子さんに湧き上がってきたのは、
感謝や悲しみでなく、もっとこうして欲しかったという
恨みつらみの言葉ばかりでした。
自分の感謝のなさに愕然としました。

妹の自分よりも、もっと辛かったはずと思っていた姉に聞くと、
子供時代幸せだったと真顔で言いました。

自分と姉の違いは?と考えたとき、自分の感謝のなさだと思い至りました。
あんなに可愛がってくれた祖母に、私には感謝がないの?
でも、心の隅々まで探してみても、感謝は見つかりませんでした。

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いい人として生きてきたと思っていた自分は、
人を恨んで感謝すらできない心の持ち主だった。
いいとは思わないけれど、これが私の心なんだ・・・

それは自分の心を丸ごと受け入れた瞬間でした。
子供時代、ずっと、誰か自分の心がわかってくれる大人が欲しいと
願ってきた登美子さんですが、6歳の自分の心に
しっかり寄り添えたのは自分自身でした。

悲しかったなぁ、辛かったなぁと思いきり泣きながら、
長年押さえつけてきた感情を感じるのを自分に許していました。
その時、驚くことが起きたそうです。

お腹の底から、突然、からだ中に響き渡るように、
「ありがとう」という言葉が溢れてきたそうです。
そして、まったく感謝のない自分の心に感謝が溢れ出したとき、
宇宙の感謝の量が、増えたように感じたそうです。

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突然「宇宙に感謝の量を増やす映画を作る!」と決めていました。

映画など作ったことのない、作り方もわからない主婦の登美子さんが。

そして「ありのままの生きることの大切さを伝える」ことがしたい、
今の自分にはできないけれど、できる人の手伝いをしようと思ったそうです。

それが出来る人、山元加津子さんの映画を作ろう!と決めたそうです。
決めたというより、それが「わかった」そうです。

親交があったわけでも何でもありません。
山元先生は、知り合いを通じて、1度会っただけの相手だったそうです。

でも「その映画はすでに未来にある!未来でたくさんの人に感動を与えている」
それがありありと感じられたそうです。

自主映画製作の市民団体(と言ってもその時は1作作っただけ)の
メンバー2人と、入江登美子さんの3人で映画製作会議を行い、
ホームビデオで撮影、毎月1人1万円積み立てて予算に、という具合でした。

音楽は自分で作っちゃおう!と作詞作曲したり、
偶然出会ったギタリストに、ギターが弾けるんですか?
この映画の演奏、お願いできますか?と頼んじゃったり、
ボーカルは、歌手に頼もうと思っていたけれど、
自分たちで歌っちゃおうか?と決めたり、
「1/4の奇跡」という映画作りがスタートしたそうです。

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完成し、試写会という運びになった時、
大手新聞社の取材の方が「1/4の話は、養護教諭の先生が話しているだけで、
お医者様や科学者が語っているわけではないので信憑性に欠ける」と
ダメ出しを出されました。
科学的に証明されていることを調べましたと言ってもダメでした。

「世界に伝えるのにちっちゃくまとまってたらあかん!
何の制限もなかったら、誰がいい?」
自問して出た答えは産婦人科の昇幹夫先生と
筑波大学名誉教授の村上和雄先生だ!と2人が浮かびました。
普通に考えたら、無理だよ~というレベルの方たちですが、
お二人とも、映画の中に出て、お話し下さいました。

2007年制作以降、海外でも(自主)上映され、
5年で12万人を突破したということで、その後も、
「宇宙に感謝の量を増やす映画を作る!」チャレンジを続けています。
主婦だった入江登美子さんの肩書は、「映画監督」になっています。

肩書などはどうでもいいのですが、
この映画作りに関わった一人一人にストーリーがあり、
ストーリーがどこかで?がって、また新しいストーリーが始まります。

映画作成中のいろんなエピソードを読んで、
人は人に影響を与え合って生きていくのだなと
人生のからくりの不思議を痛感したのがとても新鮮でした。

            
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