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2014年06月

        

同僚の 「そうなんだ」っていう言葉

category - 日記
2014/ 06/ 30
                 
  • 昨日は職場は大盛況で、スタッフ一同、くたくたよ~。

リニュアールオープンで盛況じゃなかったら困るので、
とてもありがたいことでございます。(笑)
忙しい中でも、感じのいいお客様が多くて、
これは本当にありがたいことです。


昨日の帰り際、職場のジャイアンが、何やら同僚に断言していました。
同僚は、え~っ・・という雰囲気を加えつつ「そうなんだ」と
否定はせず・・・という態度だったのですが、それが不満なジャイアンに
「なあに?その言い方は」と言われていました。
きつい感じではなかったですけどね。

後で同僚が「koalaさん、ジャイアンがねぇ、AをBだっていうのよ。
自分がAやBの仕事をほとんどしないから知らないのね。
だったら断言しなければいいのに。あれはBよねぇ。」
 
そういうことでしたか。正解はもちろんBですね。(苦笑)

同僚は軽く怒っていましたが、私が「面倒くさいヒトねぇ」と言うと、
「ほ~んと。なんであんなに言い張るんだろう。
もういいかな、あの人のこと、考えるのも面倒くさいから」 と言い、
私と顔を見合わせて、共犯者の笑みを浮かべました。 

ジャイアンと私たちは表立って対立しているわけではなく、
その辺は大人の対応で、仲良くおしゃべりして駐車場まで帰りましたよ。 
 
-------------------------------------- 
 
しかし、同僚の 「そうなんだ」っていう言葉、
対ジャイアンにぴったりだなぁって、変なところに感心しちゃいました。 
「それは違いますよ」と返事してもいいけど、絶対に面倒な話になるので、
面倒にしたくなかったら、  「そうなんだ」がベストかも。
 
対ジャイアンに限らず、関わることないなって判断したら、
正しいか、間違っているかは度外視して、
 「そうなんだ」ってスルーするのは、賢い気がします。
 
ジャイアンの脳内では、BはAなんですよね。
これは単純な問題なので、「Bですよ」と言ってもいい。
すぐにBだと証明できます。
でも、ジャイアンはその仕事をしないので、正解を知らなくても困りません。
脳内の間違いを訂正してあげる必要性は低いです。

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そういえば、私のシュウトメちゃんへの対応も、そんな感じかも。

シュウトメちゃんにとってはそれが真実に思えるなら、
そこはちょっと黙っていたくない、一言言いたい、という場合は別にして、
振り返ると、「そうですか」という言葉を結構使っている気がします
若い頃は、シュウトメちゃんの主張する変な価値観を
「そうですか」などと言う言葉でごくんと飲み込むのがきつかったです。
最終的にそういう態度にならないと、ヒステリーを起こし続けるので、
対抗し続ける気力を持つか、飲み込むかという選択を強いられました。
 
今は飲み込んだ方がうんと楽です。
怪しい言葉でいうと、全ての人は自分の分身なのです。
シュウトメちゃんもジャイアンも、面倒くさい人ではあるのですが、
別に邪悪な人ではありません。 
自分の一部でもあるんですもん、その感覚があれば、
 「そうですか」と言うのは、実に楽なことなのでありました。
邪悪な人も自分の分身ではありますが、こちらは飲み込むのも
ハードルがちょっと高いですね。
でも、自分の中にもこういう部分があると認識したうえで、
ごくんと飲み込むのがいいのではないかなとは思います。


若いころ、そんな風に飲み込めなかったのは、 
決めつける独りよがりの性質というものが、
とんでもなく悪いものだと思っていたからかもしれません。 




この間の画像とあまり変わりませんが・・・子ツバメちゃん。
休憩に行く途中でいつも見上げるのが、最近の癒しになってます。
            
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怪しいワタクシ

category - 日記
2014/ 06/ 29
                 
最近、あまり怪しい日記がないわねと友人に言われました。
そういえばそうなのかも。
これは私が怪しくなくなったからではないのですけどね。


以前は、この世だけが全てだと思っていたので、
何かあるたびに心は大揺れしていました。


どう対処するのが一番いいのかと考え、迷い、
あの時のあの行動は、考えは間違っていた、
自分はなんと愚かだったのかと自分を責めました。
あの人のこの行為、この言葉もなんとひどい・・と
人を責める気持ちもいっぱいでした。


どうしてこのような苦しいことが?という問いが、
元々不思議な話が好きだった私を、
スピリチュアルな方向に向かわせたのだと思います。


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「オーラの泉」という番組が始まって、
今まで怪しいオタク系の話題だった(?)ような話が
普通にテレビで受け入れられるようになってきて、
そういう本もたくさん出版され、
興味のあった私は、たくさん読んだものです。


友人と、前世を見てもらったりもしました。
昔だったら、そんなのに騙されるなんてと
一笑に付したでしょうが、この前世の話は、
私の心に沁みるものばかりでした。


般若心経や禅の教えにも、とても惹かれました。
人はなぜ生まれてくるのか?
どう生きるべきなのか?
そういう問題を、スピリチュアルや宗教の観点で
考えるのが私に合っていたのでしょう。

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現在の私は、死後の世界や前世はあるのかも?とか、
色即是空は本当かも?とか。
パラレルワールドってあるのかも?という疑問は、持っていません。
実はそうなのだと実感していますから疑問ではなくなりました。


後生大事に育ててきた「koala」という人格も
他の人たち、という概念も、時間という概念も、
みんな幻だったのだと信じています。
実は、全ては空だと体感しています。
怪しさが一定限度を超えました。(笑)


一定限度を超えたらどうなるかというと、
でも私は今、この世にkoalaとして生きているという
経験をする世界に生きているでしょう?と思うわけです。


私という概念は幻だけれど、この世には存在しています。
時間という概念も幻だけれど、この世には存在しています。
じゃあ、本当は幻なんだけど、なんて言ってないでいいじゃない。
そう思うようになりました。


面白いことに、一定以上怪しくなると、逆に、
この世での経験、この世で味わう思いというものを
もっと大切にしようという気持ちが強まって、
地に足が付き、怪しい話をしなくなるんですねぇ。(笑)
今日の話は怪しいですが。(爆)

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全ては常に変化していくものなので、
今私が書いたようなことも、私の気持ちの中で
変化していくものだとは思いますが。


昔は、変化しないことに重きを置いて「ぶれていない」と感じ、
自分を振り返って「ぶれている」と下に見たものでしたが、
上に見たり、下に見たり、そういうことも必要ないのだと
腑に落ちた瞬間があって、そういう感覚も変わりました。


この世的には、上と下が存在する価値観は存在するので、
自分や他の人の中に、その価値観があっても、
仕方ないのかもしれないと思います。


それが「この世に存在している間は仕方ない」と思っているか、
非常に大事な真実の価値観と思っているかで、
受け取る側の感情の変動は、大きく変わるとは思いますが。


この世に生きているkoalaという人間の役をしている間は、
その役をうんと楽しみましょう、と思っています。
生きているのがとても苦しいと感じていたころにも、
実は私はその役をしっかり味わっていたのだと
振り返った今はそう思えます。
チキンハートなので、お手柔らかにとは思いますが。(苦笑)

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そういうわけで、私の日記からは、以前より怪しさが消えています。


残った人生をしっかり味わうのが大事だと思うようになったので。
甘い味わいも苦い味わいも、同じくらい大事です。
その甘さや苦さに引きずられる必要はありません。
全ては幻であり、この世ならではの大事な経験で、
そしてすべては変化していくので・・・と
締めくくりまで今日は怪しくてすみません。


今日は職場のリニューアルオープンから初の日曜日。
いいお天気です。
さぞ混むことでしょう。
単なるレジ係、商品補充係ですが、お客様との一期一会、
大事に経験してこようと思っています。


皆様もよい一日を。
                         
                                  
        

首に鍼をうってきました

category - 日記
2014/ 06/ 28
                 
  • 今日はオットと鍼治療に行く日。
  • いつも私の治療は、筋膜をはがすというマッサージのみでしたが、
  • 今日は鍼治療体験してきましたよ。
腰は今日で3回目の治療で、そこそこ良くなっていました。
前回から、肩こりの治療も始めていただいていますが、
今回、首の付け根から首にかけての凝りが強いと言うと、
肩こり治療が中心の治療になりました。
 
鍼は首の両側に各4本、全部で8本さしました。
特に痛くないですが、鍼がささっている間は
ど~んと鈍い重さがありました。
 
鍼をさす前にも、さした後にもマッサージがあって、
特に首の付け根に重だるい感覚があると言うと、
そこをまた念入りにマッサージしていただきました。
私にあっているようで、かなり効きます。
具体的に言うと、緩んだという感覚が強いです。
 
前回は、肩周辺のマッサージを受けましたが、
それ以降、この1週間、肩こりによる頭痛が皆無でした。
いつも、アロマオイルマッサージの間隔があいてしまうと、
こういう頭痛が起きやすく、今回もそれだろうと思っていました。
アロマオイルマッサージの先生はグアムなので・・・。
 
でも、すっきりとはいきませんが、ど~んと鈍い重だる感があった 
首の付け根から首、肩までのラインから、鈍い痛みが消えました。
だるい感覚までは消えないのですが、年期ものの肩こりですからね、
治療前、治療後の違いがはっきりわかるだけでもすごいことです。
 
今日の夜、オットは「肉を焼く会」にご出席だそうです。(苦笑)
私は「肉を焼く会は解散して、肉をしぼる会にしてよ。
会場は焼肉屋さんじゃなくて、スポーツジムで。」とい言うのですが、
肉をしぼるより、 焼いて食べるほうがいいようで・・・・。
 

ランチは軽くしなくちゃね、と和食屋さんに行きました。
本日の日替わりランチはちょっとはずれ。
美味しかったですが、塩分過多、野菜ほぼゼロ、おかずもしょぼい。
前回ここに行った時のランチは当たりだったけど、残念でした。 



                         
                                  
        

職場の子ツバメちゃん

category - 日記
2014/ 06/ 27
                 


少しわかりにくいですが・・・

職場にできたツバメの巣からヒナが見えました。



休憩室に向かう道のドアの上にできたツバメの巣。

毎日通る道なので、巣が出来そう!という時期から見ていましたが、

親ツバメは見られても、ヒナはなかなか見られなかったんです。 






せっせとエサを運んで、ヒナを育ててきた親ツバメさん、

お子さんたち、大きくなりましたね。

 
今日の休憩にも、子ツバメちゃんが見られるかな・・・? 
 
                         
                                  
        

昨日はプチコンサート

category - 日記
2014/ 06/ 26
                 

子どもたちの小学校時代の造形教室の先生が経営するカフェで、
私の友人の友人のお嬢さんが伴奏、そのお嬢さんの
大学の先輩が歌を歌うというコンサートがありました。
ややこしい?(笑)





焼きたてのスコーンと紅茶の香りが漂っています。
私の友人の友人のお嬢さんが、ちらっと写っています。





スコーンとフルーツと紅茶ゼリー、紅茶(写っていませんが)をいただいて、
スコーン2つがお土産についていました。
 
演奏中は写真撮影しなかったので、画像はありません。
歌っていらしたのは、合唱団で子供たちに歌を教えていらっしゃる 
自らも若いママさんでいらっしゃる女性でした。
 
お客様は私たちを含めて20人くらい。
アットホームな素敵なコンサートでした。


このカフェの2階は、作品展示の場になっていますが、
昨日はパッチワーク展でした。



右下のゾウとキリン、可愛いでしょう?









朝は画像がこれ以上アップできないとの表示が出て、
どうしてもアップできなかったのですが、なぜか今
画像を足してみたら、普通にアップできました。(大謎)


                         
                                  
        

八木重吉さんと奥さんの登美子さんの話

category - 日記
2014/ 06/ 25
                 
八木重吉は明治生まれの詩人です。
東京で、農家の次男として生まれました。
学生時代、クリスチャンになって洗礼を受けています。
わずか30歳で亡くなった詩人です。

大正10年 23歳 現在の神戸大学に英語教師として赴きます。
       陸軍の6週間現役兵として入営、短歌や詩を書くようになりました。

大正11年 24歳 熱心なクリスチャン、島田とみと結婚。
       2人の出会いは、登美子14歳、重吉22歳の時で、
       重吉が一目ぼれしたらしいです。

大正12年 25歳 詩作が増え、手製の小詩集を多く作ります。
       長女、桃子ちゃんが生まれます。

大正13年 26歳 長男 陽二くんが生まれます。

大正14年 27歳 千葉県に転任。親せきの作家加藤武雄氏の尽力により、
            詩集「秋の瞳」が刊行されます。
        
大正15年 28歳 結核と診断され、神奈川で入院。
           その後茅ヶ崎に家を借り自宅療養に入ります。

昭和2年 29歳 10月26日召天。

昭和3年 加藤武雄氏の尽力により、詩集「貧しき信徒」が刊行される。

昭和17年 加藤武雄・草野心平・佐藤惣之助・八木登美子(奥さんです)らによって
       山雅房版 八木重吉詩集が刊行される

登美子さんは、防空壕の中に逃げるときも遺作を必死で持ち込み、
重吉と親交のあった詩人、知り合い、出版関係の人々の間を奔走しました。
そのうち「八木重吉の奥さんが原稿をもって歩いて苦労しているので、
詩集を出せないだろうか」という声が出始めました。

重吉の名が名声を得るのは、その詩が偶然創元社に関係していた
小林秀雄の目にふれたことからだそうです。

昭和23年に、草野心平の編集により、創元選書版 八木重吉詩集が、
昭和26年には、創元文庫版も刊行されて、多くの目にふれるようになりました。

詩作生活は、23歳から亡くなるまでの5~6年。
可愛がっていた子供を残して亡くなりました。
その2人の子も、同じく結核で1937年に桃子ちゃんが14歳で、
1940年には陽二くんが15歳で相次いで夭逝しています。

残された登美子夫人は、後に43歳で、歌人の吉野秀雄と再婚しました。
1999年、94歳で亡くなりました。
(吉野秀雄氏も登美子さんが63歳の時に亡くなります)


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 桃子よ

もも子よ
おまえがぐずってしかたないとき
わたしはおまえに げんこつをくれる
だが 桃子
お父さんの命が要るときがあったら
いつでもおまえにあげる

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 陽二よ

なんという いたずらっ児だ
陽二 おまえは 豚のようなやつだ
ときどき うっちゃりたくなる
でも陽二よ
お父さんはおまえのためにいつでも命をなげだすよ

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 冬

妻は陽二を抱いて
私は桃子の手をひっぱって外に出た
だれも見ていない森はずれの日だまりへきて
みんなして踊ってあそんだ

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 妻よ

わらいこけている日でも
わたしの泪をかんじてくれ
いきどおっている日でも
わたしのあたたかみをかんじてくれ


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 春

朝眼を醒まして
自分のからだの弱いこと
妻のこと子供達の行末のことをかんがえ
ぼろぼろと涙が出てとまらなかった

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 静かな 焔


各つの 木に
各つの 影
木は
静かな ほのお

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 赤ん坊が わらふ

赤んぼが わらふ
あかんぼが わらふ
わたしだつて わらふ
あかんぼが わらふ

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 草に すわる


わたしの まちがひだつた
わたしのまちがひだつた
こうして 草にすわれば それがわかる

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 雨の日

雨が すきか
わたしはすきだ
うたを うたおう


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 光

ひかりとあそびたい
わらったり
哭いたり
つきとばしあったりしてあそびたい 


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 ふるさとの川

ふるさとの川よ
ふるさとの川よ
よい音をたててながれているだろう
(母上のしろい足をひたすこともあるだろう)

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亡くなる前の重吉は、妻に会いたくて、会いに来てほしいと頼み、
来れば妻が家に残してきた子どもたちが気になって、
早く帰ってやれと言ったそうです。

「桃子と陽二は成人するまで
必ず一所に育ててもらい度い」
「二人を人間として
よき人間に育ててくれ
頼む」

重吉が死の直前にノートに書き綴ったノートにあった言葉です。
妻子を残して逝かねばならない切なさはどれほどだったか。

重吉が亡くなった時、登美子夫人はまだ22歳でした。
子どもを食べさせていかねばなりません。

最初は、まだ子供が小さいので、勤めに出ることはせず、
家の土間を利用して、母と小さなおもちゃ屋を開きながら、
洋裁学校に通って、手に職をつけ、縫い仕事などを貰ってきました。

しかし、親子3人が食べていけるお金は稼げず、
新しくできた百貨店で、朝9時から夜9時まで働きました。
2人とも、とてもいい子に育って行ったそうです。

しかし、桃子ちゃんは中学2年で結核を発症しました。
入院するお金がなく、登美子さんは、わが子が自宅で弱っていくのを
見守ることしか出来なかったのでした。

10年間働いた百貨店を辞めて、転職し、残された陽二くんと
一緒の時間を大事に生きていた登美子さんを、
更なる試練が襲います。

桃子ちゃんの死後2年、少し落ち着いた頃に、
今度は陽二くんが結核にかかってしまいました。
陽二くんは、15歳で、大喀血をして、亡くなってしまいました。

夫をなくし、長女を亡くし、最後に長男も亡くした登美子さんは、
生きてゆく気力も失せ、虚ろな日々を送っていました。

そんなある日、夫が書き残したある詩が、登美子さんの目に留まります。

 妻よ

わらいこけている日でも
わたしの泪をかんじてくれ
いきどおっている日でも
わたしのあたたかみをかんじてくれ

桃子ちゃんと陽二くんが成人したら、登美子さんと3人で、
八木重吉の全集を作ろうと話し合っていたそうです。

重吉がかつて入院していた茅ヶ崎の病院に、
住み込みで働くことになった登美子さんは、
詩集を出そうと奔走するようになります。

陽二くんが亡くなって2年後、戦時中の統制下のため
部数こそ少なく500部ではありましたが、
登美子さんの念願の詩集が出版されました。

そして、登美子さんが78歳の時、遂に筑摩書房から
「八木重吉全集」が出版されました。

そこで登美子は「感謝」と題する一文を寄稿しています。


「昭和2年10月26日早暁、八木重吉は数え年三十歳で、余りにも早く昇天してしまいました。
この朝は実に美しい朝焼けであったと憶えています。
あれからもう55年経ちました。
私は平凡な女で、八木の全集を編むこともかなわず、年老いてしまいましたが、
いろいろな方々のご尽力により、いよいよ出ることになりました。
こんなありがたいことはありません。
毎年大学の卒業論文に「八木重吉」を書く学生が私を訪ねて来られますが、
この全集が出版されたことにより、老いた私がいつこの世を去っても、
八木のすべてをわかっていただけるので、本当に安心しました。
この「八木重吉全集」がいついつまでも多くの人に読み継がれますようにと、
私はひたすら祈り続けております。」(文中中略あり)
                         
                                  
        

叔母の通院とシュウトメちゃん訪問のいちにち

category - 日記
2014/ 06/ 24
                 
今日、明日は連休にしてあります。
明日のお休みは、後からの申請で、お友達に誘われたから。(笑)
今日のお休みは、叔母の通院のためでした。

糖尿病で通院している叔母は、この2か月、大好きだったジュース断ち。
ちょうど2か月前の診察で、血糖値や中性脂肪がけっこう高く、
老人ホームに毎週販売にくるヤクルトさんのジュースを
大人買いして、たくさん飲んでしまっているせいでは・・・と思ったんです。

施設のスタッフさんに聞いても、やはり、止めても飲んでしまうようで、
病院の先生に少し脅していただいた方がいいかも・・・と
いうことになって、先生に控えましょうと言っていただきました。

叔母はストイックだったんですね~。
ぴたりと買うのを止めて、飲み物はお茶に。
血糖値も中性脂肪も、正直に下がりました。
よかった~と笑顔で診察を終えておしまいならよかったですが・・・。

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ところが・・・血圧を測ってびっくり。190!
測りなおしたら、それでも170!
下の値も100を超えていて、驚きました。

施設では毎朝測っているはずなんだけど・・・
高かったら、病院に行く際に、多分一言あっただろうけど・・・

戸惑いながら病院の先生に相談しましたら、
ずっと普通の血圧で、今日だけ高いこともあり得ますが、
普段の血圧、わかりますか?と聞かれました。
私は冷たいようですが、全然知りません。
叔母に聞くと、130ちょっとと答えましたので、それを信じました。

病院では、血圧手帳というのを頂いてきて、これに毎日記入して、
高い血圧が続くようなら、予約日を待たずに来るように言われました。

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ところが叔母の話、普段の血圧が130ちょっとという話・・。
これ、嘘だったんです~。
老人ホームに送り届けて、スタッフさんと話をしたら判明。
この話の際には、叔母は部屋でトイレタイムだったので、
叔母は私にばれていることは知りません。

普段の血圧測定を、拒否して測らせないというお話でして、
お願いだから、たまには測定をさせてと頼んで、
メモにある、たまの血圧は、全部160以上。
さすがに190という日はなかったのですが、170くらいなら普通にありました。

病院の先生の前で、血圧測定拒否してますなんて
叔母も言いたくなかったでしょうが、130くらいだなんて大嘘をつくなんて。
血圧の薬を増やされるのが、そんなに嫌なことなのでしょうか・・・。

施設の看護婦さんは、1か月くらい様子を見ればいいですねとおっしゃったけど、
いえ、10日間くらい測ってずっと高かったら、薬を変えていただいた方が
いいと思います、と申し出ました。
とりあえず、病院で、私に血圧手帳が渡されたことで、
叔母も血圧測定拒否などはしなくなるのではといい方に考えています。

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叔母の老人ホームを出たのは、午後1時くらいでした。
帰りに、シュウトメちゃんの施設に寄るつもりでしたので、
ちょっと気になっていたカフェでおひとり様ランチをしました。

美味しかったですが・・・結構カロリーがありそうなランチで、
最近の外食の傾向は高カロリー過ぎる、いかん、いかんと
食べた後で心の中でつぶやいたワタクシでありました。

もちろん、食べた後でつぶやいても、意味ないのは承知しています・・・。

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シュウトメちゃんのいる4階のエレベーターが開いたとき、
目に飛び込んできたのは、3人のおすもうさん!

今日はおすもうさんが来てくれて、記念撮影と握手ができる
イベントの日だったみたいです。

シュウトメちゃんに近づいて「せっかくだからここにいてね。
洗濯物を入れ替えてくるから」と言って部屋に。

洗い替えを収納し、洗濯物を持って帰る仕度をしていると
シュウトメちゃんが、おすもうさんは帰ってしまったと言って
部屋に帰ってきました。
しばらくシュウトメちゃんとおしゃべり。
 
おすもうさんと、握手できるなんて、普通にはないよ!
写真も撮ってくれたのね!楽しみだね!
シュウトメちゃんの気持ちを盛り上げておきました。(笑) 

弟さん夫婦が来てくれた話を聞き、施設の生活の話を聞き、
持ってきて欲しいものを聞き、帰ってきて洗濯機を回す私。

日記を書いて、洗濯物を干し、少し本でも読んでいたら、
夕食を作る時間になるのでしょう。
・・・連休でよかった。(笑)




                         
                                  
        

日傘を新調しました

category - 日記
2014/ 06/ 23
                 
完全遮光日傘というのを買いました。


ミントグリーンにしました。

思ったよりう~んと地味でしたが、涼しいです。

いろいろあるので迷ったんですよ。



職場の駐車場が変更になります。

遠くなるので歩く時間も長くなり、遮光性の高い日傘が欲しいと思って。


私の職場は、全体が大きい商業施設で、たくさん店舗があるので、

駐車場の場所も様々。

このたび、新しいテナントさんが増えて、テナントさん優先ということで、

直営職場の私たちは、遠い駐車場にお引越しすることに・・・。
 

 
それがまた…遠いんです!(涙)

夜は真っ暗になりそうな場所なので、7時以降まで仕事の人は、

もっと近い駐車場に停められるとのこと。

私たち午後パートは6時までなのでアウト~。


新駐車場使用は7月1日から。 

 職場まで徒歩10分なんだって。

まあ、仕方ないことです。

新しい日傘で乗り切りましょう。 
 
                         
                                  
        

鍼治療院へ行きました

category - 日記
2014/ 06/ 22
                 
先週土曜日に続き、2回目の鍼治療院。
私は鍼治療は受けず、筋膜をはがすというマッサージを受けました。
効果あります。何だか魔法のようよ~。

オットは私よりうんと重症のようで、今日もたくさん鍼をさしたようです。
鍼をさす前に、私と同じようなマッサージを受けたらしいです。
施術を受けるベッドはカーテンで仕切られているので、見えないんですよね。



施術後、ランチを。
しかし、先週はカレー、今週はステーキと高カロリー食が続いています。
こんなの続けてたら、夏の間におでぶになりそう。

ランチの後は、日帰り温泉に行きました。
岩盤浴でまったりしたい感じだったので。
 
オットは強い眠気に誘われて、リクライニングの椅子でよく寝ていました。
体が緩むと眠くなりますよね。
よほどほぐれたんでしょう。
私はそんなに眠くないので、岩盤浴を楽しみましたが。

夜11時まで、この日帰り温泉にいました。
オットが寝ていたので・・・(爆)

明日は私もオットも仕事です。





                         
                                  
        

シュウトメちゃん・叔母・ジャイアンの近況

category - 日記
2014/ 06/ 20
                 
先日、出勤前に、シュウトメちゃんの施設に行き、
叔母の施設にも行くという施設のはしごをしました。
方向が全然違うので、やはりはしごは大変でした。
今後は出勤前のはしごはやめようかな。(苦笑)

脳みそがつるつる化しているので、前回いつ行ったっけ?と
思いだせないことが増えたので、手帳にメモすることにしました。
忘れるのは主にあまり行かない叔母の方ですが。

シュウトメちゃんは週に2回は行かないと機嫌が悪いし、
行くと洗濯物を持ち帰り、行った翌日洗いますから、
その2日後くらいに行けばちょうどいいんです。

上の義姉の長男さんが入籍した話は伝えてあります。
甥のことでは、私とオットの意見が分かれています。
私は、お祝いのお金を持参する時に、シュウトメちゃんを連れて
甥に久しぶりに会わせてあげたいと思っていたのですが、
そこまでしなくちゃシュウトメちゃんは甥に会えないのか?と
オットが難色を示したのです。

私もムカシニンゲンなので、その気持ちはわかります。
オットは、入籍しましたと電話してすますというやり方を
親戚付き合いを知らない甥はともかく、
そういう甥に、挨拶に行きなさいとアドバイスをしない
義姉夫婦にムッとしているのでありました。

お祝いを持っていけば、さすがに挨拶に来るだろう?
オットはそういうけれど、私は実はその辺も疑っています。
電話で入籍しましたと言うだけだったんだもん、
お祝い金、ありがとうございました、という電話が
施設には電話しないだろうから、自宅に入っておしまいかもよ?
そうなってから、会わせたいって言える?
今なら、直接会って、おめでとうって言いたいって言えるでしょ?
オットは、お祝い金を渡しても会いに来ない可能性を思って、
余計ムッとしたみたいです。

シュウトメちゃんは、会いに行きたいとは自分から発言していません。
施設に入っているから無理だと思っているのかもしれませんし、
いまどきの若い人(甥はもう30代なんですけどね・・)は
そういうもんだと達観しているのなら、刺激しない方がいいですよね。
だから私も、会いに行く云々は言っていません。
他の孫にお祝い金をいくら渡したか忘れたから
適当に渡しておいてくれって言われて絶句。
それは困るよ、適当っていくらが適当?って聞いたんですが、
シュウトメちゃんは、本当に、過去3人の結婚した孫に渡した
お祝い金の金額、全然覚えていないみたい。

とりあえず、甥のお祝い金問題は、シュウトメちゃんの
渡す金額を含めて、ちょっと保留。
シュウトメちゃんを連れていくか行かないかもしばし保留・・・。

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叔母の場合は、骨折して歩けなくなって、老人ホームに入ったので、
慣れるまでは頻繁に通いましたし、買い物もお洗濯も
私がしてきましたが、慣れてからは職員さんの申し出もあり、
すべて身の回りのお世話、ということでやっていただいています。

月に1回行っていた糖尿病の診察も、症状が落ち着いているのと、

通うのが身体的にとても大変というので、2か月に1度になり、

ますます行かなくなってしまったのでありました。


月に2回くらいは行ってあげたいなと思い、そうしていますが、
そのくらいの頻度だと、前回行った日を忘れやすいんですよね。
メモしないとまずいレベルの私の記憶力・・・。

叔母は元気でしたし、ヤクルトさんのジュースが大好きだったのに、
検査値が上っちゃったから、飲むのを減らしてねと頼んだら、
ストイックにその日から、ジュース購入がゼロになっていました。
ちょっとこういうのは、少ない楽しみなのにごめんねと
心がチクンとしますが、心から叔母に「すごいね。
頑張って止めてるんだね。検査の結果がよくなってるね、きっと」と
声掛けをしてきました。叔母はにやっと笑いました。


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ジャイアンはって?

昨日、レジの時間帯が同じだったので、レジが終わってすぐに
ジャイアンのところに行きました。
「よろしければ、お先に休憩してくださいね」
20分経った頃、ジャイアンに「休憩に行かれました?」と聞きました。
「行ったよ~」との答えでした。
「そうですか。では、今から私が休憩に行ってもいいですか?」
「どうぞ~」

ジャイアンの顔はあまり機嫌のいい顔ではなかったのですが、
とりあえず、すごく不機嫌ではなかったので、オッケーかな?と思っていました。

そしたらね、後から後輩に、私の言い方が失礼だって、文句言ったんだって。
「先に行けって言われたと同じじゃない?
後から入った人にそんな命令されたくない」ってジャイアンが怒ったそう。

後輩に言うのは、koalaとは話したくないから、そう伝えておけ、という意味です。

koala「え~っ。だって、年功序列だって言ったじゃない。
あれは先に行かせろっていう意味じゃないの?」

後輩「そうなんだけどね、あの言い方はダメだって言われた。
レジが終わってジャストの時間に声掛けしちゃまずいのかな。
15分以上経った後で、休憩に行かれましたか?って聞かないと」

koala「だって、この間、30分過ぎても休憩に行ってなかったじゃない?」

後輩「そうなんだけどね・・。15分に聞いて、すぐに行ってもらえれば、
帰ってきてから私たち、少しダブって休憩とれば、15分とれるかも。
ダメだったら10分になっちゃうけど。」

どうでもいいけど、実に面倒くさい人だわ、ジャイアン・・・。
毎日、自由に、休憩に行きたい時間を宣言してくれないかしら。
下っ端がお伺いを立てないと不機嫌だから無理だけど。

昨日は私より少し先輩の人に大声で怒鳴ってて、理由を聞くと
実にくだらないし、お客様のいる前で怒鳴るって最低・・。
でもうちの社員さんはこの暴走を止めないんだから仕方ないわね。
嫌なら私が職場を辞めるしかないけど、ジャイアンが嫌だからという理由で
辞める気はないですね。

新しく入ったパートさんがレジの交代に既定の1分前に来たそうで、
ジャイアンは2~3分前に来るのが礼儀だと、当人がいないところで
すごく怒っていたそうです。(後輩が聞かされました)
私は以前4分前に行って、早すぎるから出直せと言われましたが、
そうか、ジャイアンのルールは2~3分前厳守でしたか。

後輩はこの新人さんに教えてあげたところ、その新人さんは
「でもジャイアンさん、この間、5分も遅れてきたんですよ。
だから、あまり早く後退しない方がいいのかと思って」と言ったそう。
「あのね、ジャイアンさんは何してもいいの。自分に甘く、
人には厳しい人だから、ジャイアンさんの行動は基準にしないでね」
このすごい教え!後輩ちゃん、ナイスです。

ひどく面倒くさいけれど、私はシュウトメちゃんに耐えた過去があるので、
何とか乗り越えられると思います。
だから新人さんも、きっと今後の人生で、面倒くさい人に出会ったときに
対処が上手になるレッスンになるからね~。(爆)

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今日はジャイアンはお休みなので、伸び伸びと思いきり働けます。
では、気持ちよく家事をして、気持ちよく働いてきます~。