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2014年03月24日

        

神の詩 バガヴァッド・ギーター その3

category - 日記
2014/ 03/ 24
                 
このシリーズはその4で終わる予定です。
しつこくて済みませんが、読書メモとして書いておきたいので、
興味のある方にお読みいただけると嬉しいです。
これが書かれたのは、紀元前4世紀頃らしいです。
はるかな過去に思いを馳せて読むといっそう面白いです。

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物質自然(プラクリティ)は絶え間なく変化するが
物質 霊界 神界を含む大宇宙は至上主(わたし)の体である
そして各個人の心臓に宿る至上我(たましい)は
その至上主であるわたし自身なのだ
 
誰でも心の中に仏がいるとか、神がいるとか、
そういう言葉を連想しました。
各個人の心臓に宿る至上我(たましい)はその至上主であるわたし自身
それを感じるには、邪魔しているものを取り去ればいいのでしょうね。
本の中では繰り返し執着を捨てるようにと語られています。

誰でも肉体を脱ぎ捨てるとき
心で憶念している状態に必ず移るのだ
クンティーの息子よ これが自然の法則
常に思っていることが死時に心に浮かぶ


この言葉には、ちょっとドキッとしました。
常に思っていることが死時に心に浮かぶ
そういうものかもしれません。
私は常に何を思っているのか。
いつも生きている喜びと感謝を思っていられますように。

クンティーの息子よ
この肉体が用地(クセートラ)であり
この肉体を近く認識している者が
用地を認識者(しるもの)である


パラタの子孫よ そして このわたしが
すべてに肉体の認識者であると知れ
肉体とその認識者について理解することが
真の知識であると わたしは考えている



これも面白いと思った考えです。前の引用で
各個人の心臓に宿る至上我(たましい)は
その至上主であるわたし自身なのだ

と語っていますので、私たちの至上我(たましい)は、
用地を認識すると考えていいのではないか?(個人的見解です)
行為をなし、それに影響を受ける肉体を認識(観察?)する者。


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不滅の肉体 はこのようにして
耳 眼 舌 鼻 触覚と
また心意(こころ)をもった物質体(にくたい)をとって誕生し
それらに相対した対象を味わい経験する

この宇宙に二種の存在がある
それは必滅のものと 不滅のもの
物質界の万物は無情にして必滅であり
神霊界のものはすべて常住不滅である

これら二つのものを超越して
志向の大霊が実在する


スピリチュアル好きの私には、すんなり理解できる内容です。
この考えはすでに紀元前4世紀頃にあったものなんですね。


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言葉の修業は 真実を語ること
やさしく快い言葉 有益な言葉を語ること
他人の心を乱したり扇動したりせぬこと

心の修業は 足ることを知って常に心おだやかに
正直 率直 沈着であり
自己抑制をして心身の浄化につとめること


この後、陥りがちな自己欺瞞について注意が続きます。

供犠 布施 修行に関する行為は
止めてはいけない 進んで行え

だが これらの活動をするとき
執着なく 結果を期待せずに行え


人の気質は、サットワ、ラジャス、タマスの3つに分けられるとして、
各気質について語っていますが、明日それを書いて、
このシリーズを終えようと思います。

私の読書メモにお付き合いくださった方に
心からお礼を申し上げます。
            
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