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2014年01月08日

        

昨日の日記の後日談と「タオ」からの詩を2編

category - 日記
2014/ 01/ 08
                 
昨日は、職場でちょっとストレスだわと感じたことを思いだして、
あれこれ考えて、書き出してから仕事に行きました。

面白いもので、心の整理ってやはり大事なんだと感じました。

日記に書いた2人の先輩のうち、1人はいつものように、
後輩である私に、上から目線での注意がありました。
「昨日は同じことをもう一人の後輩に注意したんだけどね」と付け加えて。
普段なら、もっと大事なことがたくさんあるのに、
この人は、相変わらずビニール袋を丸める作業ばかりして、
小さなことをさも重大事にように・・・と不満を感じるのですが、
昨日はすっと「うっかりしていました。教えてくれてありがとう」
そんなお礼の言葉が素直に出て、自分でもびっくり。
先輩は、「いいえ、どういたしまして」と機嫌よかったです。

夕方5時から、私と同僚の後輩はレジのシフトでした。
前日に、花屋さんで30分おしゃべりしていた、
もう1人の先輩は同じ時間に私に話しかけてきました。
「あ~、ホントにやることないわ。1時間何しよう。」
私はさらっと「野菜の仕切り板を全部はずしてあげると、
後片付けの人が楽ですよね」なんて言ってました。
10分くらいで終わるような作業です。
やることなんていっぱいありますよ、あれも、これも・・・
とはさすがに言いませんよ。(笑)

先輩の期待した言葉はこんなんじゃないのを知ってました。
「本当にやることがないですよね。
ぶらぶらしていればいいんじゃないですか?」と私が言って、
「そうよね」と先輩が答えるのがいい答えだったでしょう。
先輩が仕切りを片づけたかどうかはチェックしてないので知りません。

先輩は野菜を出す仕事とカゴを片づける仕事をよくしているのですが、
夕方5時から6時の時間帯には、その仕事はほとんどありません。
仕切りを片づけることは、先輩の頭の中ではバイトの仕事で、
それに手を出すkoalaの方が間違っているのかもしれません。
他にも、明日の朝開店した時に、店内の商品が出来る範囲で
満タン状態に揃っているようにする仕事の場合は、
午前のパートの仕事と思っているかもしれません。
それなら商品の並んでいる棚を拭き掃除すれば?と思いますが、
それを言ったら完全にケンカ売ってる感じですよね。(笑)

私は、出来る状況の人がやればいいと思っていますが、
職場には何の規定もないので、それが正解というわけではなかったです。
各自の頭の中に自分の解釈のマニュアルがあって、
先輩は先輩の頭の中のマニュアルに従ってるだけよね。
私が仕切りの片づけをと言ったので、先輩は驚いた顔をしましたが、
別に怒られはしませんでした。

販売業の世界って、けっこう怖いところも多いみたいなんですよ。
先輩にこんな口のききかたをするなんてとんでもない所も
話を聞くと、い~っぱいあるみたいなんですよ。
そんな職場でなくてラッキーでした。

私は正しくて役に立つんだぞ!と自分の中で主張することで、
ダメなんじゃないかという不安を消す、そんな必要はなかったです。
淡々と自分の仕事を誠実にこなしていきたいと思います。

明日もここ(職場)で、お客様が楽しくお買い物出来ますように。
買った物を楽しく調理して、美味しく食べてくださいますように。
そんな思いで帰路につけて、気持ちよかったです。



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老子 タオ ヒヤ・ナウ 加島祥造訳より詩を2編、抜き書きします。

この本の詩は、どれを読んでも、心が洗われる気がします。
私たちは表面意識が本質なのではないと確信できます。
本質である「空」の世界にたちかえればいいだけのこと。
それは、あれもこれも身につける、足し算の世界ではなくて、
無に帰るために、不要なものを削ぎ落していく、引き算の世界。
その引き算の世界こそ、広大で、豊かな「空」の世界でした。


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「汚い」があるから「美しい」がある
 
名のない神秘の領域から
天と地が分かれた。この天と地の世界では、
ものに名がつくし、観念にも名がつく。

ところで、美しいものと醜いものがあるんじゃない。
美しいと名のつくものは、汚いと名のつくもののあるおかげで
美しいと呼ばれるんだ。
お互いに片っぽだけじゃあり得ない。
善だって、そこに悪があるからはじめて、
善として存在するんでね。
悪のおかげで、善があるってわけだ。

同じように、
いま存在しているものも、
存在しないものが裏にあるから、存在しうるんだ。
ちょうど、難しいことと易しいことが、
片っぽだけじゃあり得ないのと同じさ。

「長い」といったって、短いものと比べるから長いのさ。
「高い」といったって、低いものがあるから高いんだ。
歌だって、声とメロディーがともにあるから歌なんだ。
「前」という観念だって、「後ろ」があるからのことだ。

だから、本当に賢い人というのは、あまり手軽に判断しない。
こうと決めたって、ことは千変万化して、
絶え間なく動いてゆくからだ。
このタオのほんとうのリアリティを受け入れる時
君は何かを造っても、自分の腕を誇らなくなる。
よく働いて成功しても、その成果を自分のものにしなくなる。
仕事をし終わったら、忘れてしまう。するとかえって、
その人のしたことは他の人々に深く浸みこむのだ。

頭のいい奴だって、
頭の悪い奴がいるから利巧と言われるだけのことだ。
金のある奴だって、
金のない者がいるから、金持ちと言われるだけさ。
 
 
力について
 
今は、政治でも、経済でも
あらゆるものが、「力」をたよりにしている。
パワーアップすることが良い、と見ている。だが、
タオに深くつながる者は、
こう警告するだろうー

力づくで何かをやり遂げようとする時、
必ずその力への反発が生じる。
抵抗が生じる。
戦争や暴力的な経済が荒した後には、
枯草しか残らないことは、よく知られている。
本当に必要なことをするだけにとどめて、
自分の「力」をむやみに振るわないことだ。

何もするな、と言うんじゃない。
目的を追うのは仕方のないことだろう。
だが何かを仕上げたにしても、
誇ったりしないことだ。
「私が何かをする」のではなくて、
それは「自然に起こる」のだと
認識することだ。
良く見てごらん。
暴力や力づくなんて、元来、
長つづきしないものなんだよ
            
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