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2013/12/12

2013年12月

        

「アラサー女子が汚部屋を脱出するまで」のややこさんを応援します

category - 日記
2013/ 12/ 20
                 
友人に教えてもらったブログがあり、読んでみました。
叔母の部屋がめちゃくちゃ汚いと私が言っていたので。
私はありえないほど汚いと思っていましたが、上には上が。
というか「汚部屋」という言葉も初めて知りました。

「アラサー女子が汚部屋を脱出するまで」というお掃除・汚部屋ブログです。
http://blog.livedoor.jp/obyjs/archives/2013-12-11.html

初めて知りましたが、「汚部屋ブログランキング」なるものが存在し、
このブログはそこの第一位なのでありました。

引き込まれて読んでしまいました。
画像はすごいのですが・・・ゴミ屋敷ですから・・
でも、この女性がそこを掃除する姿に、
心からの応援の気持ちが湧いてきます。

捨てるものたちに、ありがとう、という言葉が時折出ます。
部屋に対しても、今まで汚してきてごめんねと感じているでしょう。
そんな気持ちが伝わってきます。

冷蔵庫の横の部分をお掃除した日にはこんなことを書いています。

実は今日もまた、自分のだらしなさを
再確認させられたものが、ありました。

また、怖くなってきてしまいましたが
涙をこらえておそうじしました。

見ないようにしていたものが、
目の前に現れるのは

なかなか辛いなあと思います。

でも、ずっと見ないでいるわけにはいきません。

この痛みは、前に進んでいるから
感じる痛みなんだと思います。

明日も負けないで、立ち向かっていきます。


下駄箱をお掃除した日にはこんな記述がありました。

下駄箱くん、なかなか手強そうです。

こんなになるまで放っておいて、ごめんねと
思いました。


去年の住民税を納めていないことがわかり経済的に、
更に苦しくなったのが発覚した時の日記にはこうありました。


なんとなく、見ないようにしてきたことが
無意識に、避けていたことが

今、波のように押し寄せてきます。

お金のことも、汚部屋のことも、
もとをたどれば同じだなあと思います。

わたしが、なんとなく逃げてきたのが原因です。


なんとなく逃げてきたことに、きちんと向き合う決心をして、
お掃除を毎日する行動を毎日続けているややこさん。

こんなものが出てきた、よかった、と画像をアップして、
かつて大事だったものがゴミの山から出てきたのを喜ぶややこさん。

お金がないのに、昨年の住民税が・・・!とショックを受けつつも、
投げやりにならないで分割払いの手続きをして、
部屋がきれいになってきてよかったなぁと言っている女性。

ドン引きところか、読んでいて、私、この人が大好きになってきました。

彼女のハンドルネームはややこさん。
ややこしく考えるから、だそうです。

ややこさんは、学生時代はそこそこ部屋を掃除していたそうです。
今や日本中にあふれている、ブラック企業に勤め、
サービス残業のものすごい、終電に間に合わないと会社に泊まり、
洗面所で髪を洗うような生活の中で、掃除をしなくなりました。

その会社を退職し、就活し、今は普通の生活ができる会社に
勤めるようになりましたが、部屋がきれいになりませんでした。
忙しいから出来ない、時間ができれば掃除ができる、
そういうものではなかった、自分の心の弱さだと感じた彼女は、
ブログに現状をアップしながら片づけを進めていく決心をして、
このブログを立ち上げたのでした。

11月23日の日記にこんな文章がありました。
http://blog.livedoor.jp/obyjs/archives/2013-11-23.html


汚部屋にしてしまった自分が悪いのですが
怖い気持ちのときは、芋づる式で

不安だなあと思っていることが
つぎつぎと、胸に押し寄せてきます。

お金のこと、生活のこと、仕事のこと、この先のこと。

おそうじをする手が、怖くて止まってしまいます。

ここでやめても、何も解決しないのにと
わかっているのに。

しなしなになった心で、床に突っ伏しました。

思えば、この気持ちと向き合うのが怖くて

楽しいものや、美味しいものでごまかして
そうやって、お部屋をたくさんのもので

あふれさせてきました。

ものを買うと、強くなった気になります。

いやされたような、満たされたような、気持ちになります。

でも、それは一時のもので
かつては、わたしを楽しませてくれたものたちが

ごみとなって、押し寄せています。

ほんとうは、向き合わなきゃいけない自分の弱さを
たくさんのごみの中に埋めて

見ないようにしていました。


ややこさんは、弱い人なんかじゃない!
ちゃんと自分に向き合って、素晴らしいですよ!
きれいな、気持ちいい部屋を手に入れてね!
そんな気持ちが湧いてきます。

ゴミまみれの部屋は、彼女の本音が詰まっている
潜在意識がゴミまみれだった表われかもしれません。

部屋のそうじを毎日少しずつ重ねていく中で、
精神的にもお掃除が進むややこさんの姿に感動しました。

この世に見えることは、自分の内側の反映なのだと、
ブログに改めて教わった気がします。
                         
                                  
        

一昨日の夢

category - 日記
2013/ 12/ 18
                 
夢は毎日見ているのですけど、朝起きてそこそこ覚えていても、
その後、メモしたりしないと、いつの間にか忘れてしまいます。

一昨日見た夢の一部を覚えていたので書いてみます。

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私はある場所に知り合いといました。
知り合いが誰だったか、ある場所とはどんな場所か、
起床時には覚えていましたが、もう忘れました。
その場所で聞いた話で、あるお金持ちが持っている庭園が
すぐ隣にあって、そこは一般の人も見られると聞いて、
その庭園を見に行きました。

私は一人でしたが、庭園内には人がまばらにいました。
大きな池が中央にあるようで、向こう側に渡れる橋もありました。
池の周囲は広い芝生に囲まれ、それまで私がいた建物との間には
背の高い木が、垣根のように植わっていました。
普通の家の垣根にはありえないような高い木でした。
今思い返すと、私はそのありさまを、少し高い場所から
見下ろすように見ていました。

足を地面につけ、小走りに、池のところまで行きました。
池と思っていたのは、とても透明度の高い海で驚きました。
あまりに美しいので歓声を上げましたが、
同時に、あまりに下に海があり、断崖絶壁のようでしたので、
落ちたら大変!とどきっとして足を止めました。

沖縄の離島の海のような美しさで、しかし、砂浜がありません。
私の立っている場所に近い部分の海は、砂浜が透けて見えたので、
向こう岸はともかく、近い場所は浅い海でした。

落ちたら大変と思いつつも、きれいなので見とれていました。
見とれつつも、落ちたらどうなるんだろうと考えたとき、
私の左側から、何かが落ちました。
人間ではないし、生き物でもなさそうでした。

そうしたら、今まで気配もなかったのに、大きな生き物が
海の中から顔を出し、落ちたものを口に入れて、
また海の中に戻っていきました。

この時初めて、子供が落ちたら大変じゃない?と思い、
誰かに知らせないと、とその場を離れました。
なぜか職場の店長がいましたので、説明しました。
私の説明には危機感がなくて、庭園に行くところから説明し、
池ではなくて海で、沖縄の離島くらい透明できれいだったと
のんきに感動を伝えていました。

店長も、そんなに美しい海が見えるのか?!と
嬉しそうな顔になりました。
その後、でもすごく深いんです。おまけに
何かが落ちたところ、大きな海の生き物が出てきて飲み込んだので、
子供が落ちたりしたら大変なんです、と説明しました。

店長も、それは危ないね、とは言ったものの、
特になにかをするということはありませんでした。
考えたら職場の店長はここでは関係者じゃないしと
またもやのんきなことを考えました。
落ちる人は来ないから大丈夫なんだという気がしていました。

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へんな夢ですよね。
でも私が見る夢はたいていはへんなのですが。

朝、夢をメモするだけの余裕ある時間に起きていないので、
忘れちゃうのですけど、この時の海の美しさが衝撃的だったのと
あの海の生き物は何の意味が・・・?という気持ちもあって、
一昨日の夢ですが、記憶に残っていたんだと思います。
                         
                                  
        

叔母の血糖値とご飯の問題

category - 日記
2013/ 12/ 17
                 
叔母の病院付き添いのため、今日は仕事休み。

コレステロールは下がりつつあるのだけれど、
血糖値は上昇気味。
薬を変えるほどではないので、様子を見ましょうとのこと。

8月にコレステロールが結構高かったんです。
それは多分、卵のせいだということになりました。
叔母は乳製品と肉が食べられないので、その代わりに、
豆腐や卵や魚の料理を、ホームで出してくださいます。
卵が一番手軽だから、ちょっと出番が多かったかもというので、
少し減らしてみますねということになりました。
おかげで順調にコレステロールが下がっています。
ただ、血糖値は順調に(涙)上がっています。

老人ホームにいるので、特に血糖値が上がる食べ物を
どんどん食べているわけではありません。
甘いものはおやつに少しだけという生活です。

ただ、叔母は食欲旺盛なヒトなのです。
以前ご飯の量を減らしたら、正直に血糖値も下がったのだけれど、
本人が物足りないようで・・・・。

自宅介護なら、玄米にして50回噛みなさいと言えば
まあ、いうことを聞いてくれれば、ですけど、
多分、下がるんだろうな・・・なんて思いつつ、
ないものねだりしても仕方ないし、
本人は白米を要求しそうだし、
ご飯を減らせば、あるいはおやつをやめれば、
血糖値は下がるくらい、先刻ご承知のはず。

どうしましょうか、と老人ホームの看護婦さんがおっしゃるので、
ほんの気持ちだけ、ご飯を少な目にしてください、と答えました。
これは本当は叔母に聞く問題だと思いましたが、
叔母は病院での半日で疲れきっていました。
その時は、トイレに入っていましたし、
1時半だったので、きっとおなかも空いていました。
その後は遅めの昼食です。
この問題を「どうしようか?」と聞くにはバッドタイミング。

今度、ゆっくりとどうしましょうか?と聞いてみた方がいいのかな。
でも、ほんの少しご飯を少な目にしていただいて、
それで少し血糖値が下がるようなら、わざわざ本人に聞いて、
ご飯の量がほかの人より少ないことを、自覚させるのも
なんだか可哀想な気がします。

こういうのを年寄り扱いっていうのでしょうか?
この発想が、親切な気もすれば、失礼な気もします。

通院は、ひざの痛みが出てからは、2か月に1回になりました。
次回の診察は2月18日。
その時の血糖値を見て、また看護婦さんと相談します。
                         
                                  
        

遺品整理しないまま師走を迎えました

category - 日記
2013/ 12/ 16
                 
出勤前に年賀状作成作業を。
とはいえ、パソコンでフリー素材をいただいて、
文章だけ書き足す作業なので、大変ではありません。

私の父は毛筆派だったので、全て毛筆の手書きの年賀状で、
この季節が来ると、乾くまでと年賀状が並べられていました。
晩年はそんな元気はなかったので、
あの光景はもう10年以上前のこと。
父もそんなことで偲ばれるとは思ってなかったでしょうね。

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ネット友karakuraさん
が、ご両親の遺品を大整理なさったそう。
私は今年も遺品整理しないまま師走を迎えました。

katakuraさんのブログにあった言葉を青字で載せさせていただきます。

晩年、二人の趣味だった油絵をひとまとめにして持っていった。
搬入ゴミを収容する巨大なホール(?)に、それらを投げ入れるとき
胸がキューンとなった。
こういう作業って、なかなかしんどいね。


まだまだたくさん不用品の処分をしなければならないので
リサイクルも含めてその分別が大変。
生きるって、かくもたくさんのゴミ(というには切ないもの多し)を
生み出していく行為なのね。


すごくわかる・・・。

その作業のしんどさがわかるので、ざくっとした整理以降、
大整理が進んでいません。

父は平成16年、母は平成20年にあの世へ旅立ったので、
もう踏ん切りがついていい頃なんですけどね。

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業者に頼んで全部処分、というクールな気持ちになれないので、
やはりひとつひとつ、ありがとうね、と声をかけて、
この手で処分してあげたい。
そう思うと、それはそれで、肉体的にも大変な作業なので、
ますます踏ん切りがつかないという有様。

電気が止めてあるので、真夏と真冬は作業に向きません。
この春は、少し頑張って整理してみようか。
遺品には、いっぱいありがとうを言ってあげたい。
生前の両親がお世話になりましたと感謝を送りたい。

私の子供たちがあまりしんどくないように、
自分の物も、断捨離したいと思いつつ、こちらもなかなか。

整理が進まない理由は、執着なんだろうか。
                         
                                  
        

シュウトメちゃんから電話がありました

category - 日記
2013/ 12/ 15
                 
シュウトメちゃんから、朝、電話がありました。
たまには洗濯物を取りに来てくれないのか、という電話。

昔の口調と違い、来てくれないかな?という言い方でした。
シュウトメちゃん、本当に変わったんだ。すごい。

でも、ちゃんと2~3日に1度は行ってます。
そういえば、今月はあまり顔を合わせていなかったっけ?
身体障害者手帳を失くしたというので、何度か会った気がしていたけど?
今月はあの騒ぎでシュウトメちゃんのためにすごく動いていたような
気になっていただけで、シュウトメちゃん自身は
わしに会いに来ない!と思って不満だったわけね。

洗濯物バケツから洗濯物がなくなっていれば気が付くと
勝手に思っていたけれど、全く来ないと思っていたのか・・・?!


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「仕事前に行ってるんだけど、どうしてもお昼時になって、
おばあちゃんと会えないだけだよ。
時間的にどうしても、施設のお昼ごはんの時間になっちゃって。
仕事帰りに寄るときは、晩御飯の時間になっちゃう。
でも、ちゃんと行ってるよ。ちゃんと洗濯物がなくなってて、
洗えたものがしまってあって、着替えセットも作ってあるでしょう?」

着替えセットというのは、お風呂に入るときに使うもので、
下着や服、靴下など、お風呂上りに着替える服のセットを、
洗濯ネットに入れておくもので、私は常に2回分作っておきます。
なくなったら作ってある着替えセットでわかるかと思ったのは甘かった。

私は休みに行く時しか、顔を見てお話してあげられないけれど、
休みに用事を入れるので、それも難しい時もあります。
洗濯物の中には、お漏らししたものがある可能性も高いので、
なるべく洗濯物をためないように、出勤前か退社後に行きました。

シュウトメちゃんは食堂にいるのですが、洗濯物がなくなっていれば
koalaさんが来てくれたんだなと考えてくれるかと思ったけれど、
出勤前に寄るときは、会えないよとも言ってあったのだけど、
それはとても甘かったらしいです。
甘えん坊だから、淋しかったのでしょう。
顔を見て、話を聞いてもらえなかったら行ったことにならないのね。


「なるべく早めにおばあちゃんのいるときに部屋に行くようにします。
それで、年末のことだけど・・・」

あ、電話切れてる~。
年末年始、家で過ごすのに、いつからいつまでにしたいか、
考えておいてねと言おうと思ったら、ガチャンと公衆電話が切れてました。
まあいいや。年末年始のことはオットに丸投げしよう。


自分の言いたいこと言ったら、それじゃあまたも言わずに切る癖だからなぁ。

昨日は土曜で、同室の人たちに面会が多かったのかも。
私は昨日、叔母の施設の忘年会の帰りに寄るつもりでしたが、
頭痛で辛かったので、家に帰って寝ちゃいました。

オットは昨日も今日も休日出勤で多忙な日々。
先週の日曜日も出勤だったので、8連勤。

こうなるとは知らなかった私は、8連勤になる前の土曜日、
歩こうよ、なんて、明治村に誘っちゃったし。

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思い出してきました。
今月7日、明治村に行った帰りにシュウトメちゃんのところに、
2人揃ってテレビを部屋につけにいったんだけど、
シュウトメちゃん、部屋にいなかったんですよね。
そうか、あれは10日前のことだった・・・

その数日前くらいに会って、再発行してもらったばかりの身体障害者手帳が
消えたと大捜索して、見つかってほっとして以来、
そういえば、施設に行っても、シュウトメちゃんに会ってなかったです。
でも、オットは会ってました。ボタンが取れた服を預かって、
直してくれと言ってたと渡されたから間違いない。


今朝、出勤前にもっと早く行って、一度帰宅してから
出勤すると会える確率は高まりますけど・・・
風邪でしんどいし、日曜は激務なのでけっこうきつい。

オットの8連勤は今日で終わり、明日はその代わり休めるらしいので、
オットに行ってもらおうかな。
ついでに、年末年始のことも、その場で決めてもらおう。


その予定を、義姉たちに連絡しなくちゃいけないし。
縁を切ってるわけではないので、帰宅すれば、
年末か年始に顔を見せに来ると思います。

こじれてても何でも、母と娘。
会える機会に会わせてあげたいよね。
シュウトメちゃん、明日はあなたの息子が会いに行きますから。
年末年始の帰宅の際には、娘2人にもきっと会えますから。
不詳の嫁は風邪っぴきですから。
                         
                                  
        

叔母の老人ホームの忘年会でした

category - 日記
2013/ 12/ 14
                 
今日は叔母の入居している老人ホームの忘年会。
こうした行事がそんなに好きではない叔母ですが、
私が家族として参加してくれるのが嬉しいといった風情。
年に一度のことですから、叔母も笑顔で参加していました。

昨年から始まった行事で、今年で2回目です。
11時からというので、7分前に到着しました。
ホンの気持ちだけ早めに、というやつね~。(笑)

前回、30分~1時間遅れてくる方も多くて、
少しであろうと、時間前に来る人は少ないだろうなと思い、
実は少し迷いましたが、叔母が、私はまだ来ないかと
待つだろう気持ちを思ったら、やはり遅刻は避けようと思って。

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少しだけ早めに行ったのに、叔母は玄関で私を待っていました。
忘年会は予定では11時から14時までの3時間。
前回は4時間以上かかったんじゃないだろうか。
叔母の最後のトイレは何分前だっただろうか。
3時間は持たないだろうけれど、トイレで途中退室もしないだろうから、
おむつにしちゃうのだろうけど、ズボンが濡れるほどしないだろうか。

こういうことをすぐ考えてしまう私の性格はなんなんだろうと
自分でも思いつつ、席に着きました。
考えたって仕方ないんです。
途中退室しないのは叔母の性格からわかってること。
施設のスタッフさんはそれどころじゃないのもわかってること。

結論から言うと、尿とりパットでは足りなくて、紙おむつに染みて、
でも、ズボンは大丈夫でしたので、私の心配は杞憂でした。
本来は施設側で配慮すべき問題とは思いますが、年に一度のことだし、
叔母がそれを許容範囲と感じているので、私にも許容範囲です。

忘年会で入居者の家族が来るというのは、
脳の刺激にもなるし、入居者のみなさんもそこそこ楽しんでいるので、
いい行事で、有難いと思います。

ビンゴで景品をもらうというのは、皆さん特に盛り上がっていました。
叔母のビンゴは私がのぞき込んで、一緒に数字を探して。
元気な方は、みんなの前でカラオケを歌って、嬉しそうでした。

自分で何でもできそうな元気な方もいらっしゃるので、
事情により同居が難しく、年寄りの一人暮らしは危ないと、
家族が入居を勧めたのかもしれませんね。
全室個室の老人ホームなので、こういう機会でないと
お会いしない入居者の方にもお会いできますね。

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私の前の席の入居者の上品なおばあさんは、
娘さんが遅いのを気にして、まだ来ない、まだ来ないと
言っておられたので、スタッフさんが電話しました。

自宅の電話に出ないので、もう家を出ていますよ、
女性は出かける支度が大変なんですよ~とスタッフさん。
私も「今は道路工事がとっても多いんですよ。
そのせいかもしれませんね」と言いました。

可愛らしいおばあちゃまで、ホントウにもう、なんて言ってましたが、
そのうち諦めて何も言わなくなりました。

私は、まさか忘れていないよね・・とそのおばあちゃまのために
少し心配してしまいましたが、2時間遅刻で到着。
すごいお洒落してましたし、バッグもアンテプリマで決めてて、
老人ホームの忘年会に3時間も無理~、1時間!という確信犯?

でもおばあちゃま、娘さんが来て嬉しそうでよかった。
私は性格悪いので、2時間も遅刻するなら、電話連絡くらいしろよと
心の中で、毒舌を吐いたのでありました。
私になんの迷惑も掛かってないのに、お節介であります。

50歳を過ぎる前は、こういうある種の正義感が強くて、
こういう時はこうすべきでしょ?!と自分にも人にも
(人には思うだけで言わなかったですが)少し厳しいところがありましたが、
「こうすべき」というのが「こうしたほうがいいんだけどね」
という風に変わってきました。
自分を正しいとして、人を裁くのはよくない趣味だとも、
思うようにもなりました。


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忘年会が終わって、叔母を部屋に送って、
真っ先にトイレに連れて行き、紙おむつと尿とりパットを交換。
叔母も疲れた様子だったので、少し話して帰りました。

ビンゴの景品を叔母のベッドサイドデスクの上に忘れてきました。
あの子はおっちょこちょいなんだから・・って思ったよね~。
来週の火曜日、病院の付き添いがあるので、また施設に行きます。
その時に、おっちょこちょい扱いを受けようと思ってます。(笑)
                         
                                  
        

体験はウニヒピリの中にある傷ついた記憶

category - 日記
2013/ 12/ 13
                 
ウニヒピリの本を読了しました。
面白かったですが、ここで簡単に方法をご紹介というのは
本を1冊読んだだけではあまり力不足で、無理と感じました。
前日の日記で続きを読みたいと思われた方はゼロに近いでしょうけど。(笑)

宗教家や思想家の本でかみ砕いたものを読むのが好きな方には、
もしかして面白いかもと思いましたが、私の文章力の壁もありますしね。
ネイティブハワイアンの知恵とロマンが詰まってるのですけど。

仏教にも「ホ・オポノポノ」にも詳しくない私が、
大雑把な感想として思ったことなんですが・・・
「ホ・オポノポノ」の考えには、禅で言う「空」の考えと
かなり近いものを感じました。

過去の記録で傷がついている、子供的存在であるウニヒピリですが、
傷があるよ、修復してくださいね、浄化してくださいね、と
私たちに体験という形で、その傷を見せてくれます。
体験も感情も、保管されている記憶に過ぎない!
すごく面白い考えだと思いました。

私たちの体験は、傷のついた映写フィルムによる、
映画を見ているようなものだという理屈です。

フィルムの傷を修復しないと、その傷のある場面が
何度も繰り返し出てくるという理屈ですよね。
ウニヒピリは子供で、その傷が痛いと母親である
私たちの表層意識に訴えているけれど、私たちはその声に耳を貸しません。

私たちのすべきことは、その「体験」に寄り添うことではなく、
その奥にある傷ついた記憶の修復、浄化です。


本を読んで私は、実に面白い!と思ったのです。


西洋にイエスキリストが現れ、東洋にはブッダが現れ、
どう生きるべきかを説きました。
ハワイでは「ホ・オポノポノ」が説かれました。

私はそんなに詳しくないので、語る資格はないかもしれませんが、
みんな「これが自分だ」と思っている限定された自分が本当の自分ではない、
現実に起きてくる問題に思えることが本当の問題ではない、
もっと広く大きい存在とつながりなさい、と教えているように思えます。



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「ウニヒピリ」とは、ネイティブハワイアンの伝統的問題解決法として
伝えられてきた「ホ・オポノポノ」にある概念です。

「ホ・オポノポノ」では、人は3つの自己と考えられています。

ウニヒピリ (潜在意識)

従来のインナーチャイルドの定義になっている、
個人の幼少期のトラウマ的な記憶に限定されず、
地球の誕生から現在までに存在する、生命体に限定されない、
あらゆるものの体験した記憶を管理しています。
あらゆる感情の源泉と言えます。

世の中に起こる問題は、「ホ・オポノポノ」では、
ウニヒピリの中の情報の再生である、と考えます。
この情報を修正もしくは消去することによって、
問題は解決できると考えます。

また表面意識と潜在意識が統合された状態が「魂」ととらえています。
ウニヒピリの存在がないとアウマクア(超意識)にはつながれません。

ウハネ(表面意識)



本来、ウニヒピリに対して、母親のような役割を持っています。
普段の私たちは、ほとんどがこの表面意識側にいると言えます。


ウニヒピリは宇宙がつくられてから生まれたすべての記憶にアクセスして
瞬間、瞬間に、膨大な記憶を立ち上げています。

ウハネ(表層意識)が日常において知覚できるのは、
その膨大さの中のほんの一部に過ぎません。

私たちは、実際に一瞬、一瞬にウニヒピリの中でどのようなことが
起こっているのか、全く気が付いていないのです。


ウハネが体験することは、何でもウニヒピリが記憶として保管しています。

アウマクア(超意識)

私たちの霊的な部分のこと。
表面意識と潜在意識に愛を注ぎ、「ホ・オポノポノ」のプロセスを純化し、
磨きをかける役割をします。
表面意識と潜在意識がつながっているときにだけ、
つながることができます。


以上が、「ホ・オポノポノ」で言われる、3つの自己です。


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3つの自己のほかに、ディヴィニティ(神聖なる存在)という概念があります。

宇宙、大いなる自然、命の源。
ウニヒピリの中の記憶をクリーニングすることによって、
この存在とつながります。
つながることによって、ディヴィニティ(神聖なる存在)

アウマクア(超意識)

ウハネ(表層意識)

ウニヒピリ(潜在意識) まで
光が通るようにしてインスピレーションが降りてくるようになります。


ゼロの状態

インスピレーションを受け取ることのできるスペースのある状態
ウニヒピリに未解決の情報がぎっしり詰まっていると、受け取れません。

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http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fbook%2fcabinet%2f7631%2f76313065.jpg%3f_ex%3d300x300&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fbook%2fcabinet%2f7631%2f76313065.jpg%3f_ex%3d80x80


本をわざわざ買わなくても、今はネットでいろんな人が、
いろんなことを教えてくれます。便利な時代です。
盲信せず、自分にしっくりした教えに出会えるといいですね。
                         
                                  
        

ウニヒピリ

category - 日記
2013/ 12/ 12
                 
画像は本文に全く関係がありません。(笑)

先月、私の誕生日プレゼントと言いつつ、自分が欲しかった
新しいパソコンを私の誕生日に買ってきたオット。
私へのプレゼントって、それ、ちょっと違うでしょう~と突っ込むと、
なんかごまかし笑いしてましたが、「自分の誕生日プレゼントに
もうブーツ買っちゃった」と言うと「そりゃよかった」だって。
お値段も聞かれませんでした。お互い、そりゃよかった。

新しいものが好きな猫の大福、わざわざパソコンの横の狭いところに。







古いパソコンの前に、お気に入りクッションを置いたら、移動しました。




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さて、ここからが本文です。

ウニヒピリって何?って思いますよね。
ホ・オポノポノで潜在意識のことをそう呼ぶのだそうです。
個人の潜在意識という限られたものではなくて、
地球の誕生から現在までの、すべての生命体が経験した、
すべての記憶があるところ、だそうです。
本で知りました。
非常に興味ぶかい考えだったので、少しご紹介したいと思います。

本を一冊読んだだけで紹介できることなど、限られていますけれど、
こういうことを面白い!という感性のごく少数の方には、
面白くお読みいただけるんじゃないかなと思いました。

何か、自分にとって、問題に思えあれることが起きた時、
それはウニヒピリの中にある、浄化したほうがいい記憶があって、
それを私たちに体験としての形をとって見せてくれたもので、
その体験を通して、消去してもらおうとしているのだ、という考えです。

本の中の言葉のところどころを、青字で引用します。
わけわかんない~と思われた方には、この情報がまだ
必要ではないということだと思うので、スルーしてください。
ピンとくる方は少ないと思いますが、もしかしたらいるかもしれないと想像するの、楽しいです。

あなたが知性的にも感情的にも肉体的にも体験することはすべて
ウニヒピリによる記憶の再生なのです。
ですから、あなたはそれをクリーニングすればいいのです。

例えばあなたが今、誰かに恨みを持っているとします。
あなたはそこで恨みという感情を経験しています。

恨み以外にも、怒り、悲しみ、孤独、あきらめ、喜び、楽しさなど
あらゆる感情を抱く理由は、ウニヒピリの中でそれらの記憶が
再生されているからなのです。
問題は自分の外側にあるのではありません。

ウニヒピリに対して「今ここで体験したり感じたりしていることは
問題や苦悩なんかじゃない。ただ、あなたが保管してきた記憶が
再生されているだけだよ。そしてその記憶は手放せるんだよ」
と話しかけてみてください。

表面意識であるあなたは、相当長い間ウニヒピリを支配してきました。
あなたは「私には何が起きているかわかっている」と思いこみ、
自分はなんてバカなんだ、どうしようもない・・と
せわしなく責め立てます。このすべてがウニヒピリを痛めつけているのです。

あなたは意図的でないにせよ自分自身であるウニヒピリに
要求したり命令をしたりしがちです。
「幸せになるためにはこういう自分でいなくちゃ!」など、
あなたがしょっちゅう要求するため、ウニヒピリは
パートナーというよりむしろ奴隷のようになっています。

ウニヒピリはあなたをゼロ(無) に導いてくれる愛すべき存在です。
そんなウニヒピリを無視し虐待してきたのはあなたです。
いったいどれだけの人が自分のウニヒピリに話しかけているでしょうか。

本当の自分を発見することやウニヒピリとの交流のプロセスは、
玉ねぎ皮を1枚1枚はがしていくような、限りなく続く永遠のプロセスです。
何のためにそのうおうなことをするのでしょう。
それはゼロ(無)になるためです。



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この本に出合ったのは、アマゾンのお勧めメールでしたけど、
ちょうど「無」と「浄化」について考えていたところでした。
現実に起きてくることは、内面にあるものが現れているとも感じていたので、
すごくいいタイミングでこの考えに出会えました。

まだ読みかけなので、ご紹介も中途半端になったらごめんなさい。

http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fhmvjapan%2fcabinet%2f3822000%2f3820898.jpg%3f_ex%3d240x240&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fhmvjapan%2fcabinet%2f3822000%2f3820898.jpg%3f_ex%3d80x80

何かについて考えていると、こういう考え方があるよ~という情報が
即座に目の前に出てきます。なるほど!という情報もあるし、
う~ん?そうなのかな?という情報もあるのですが、
自分に刺激を与えてくれるいい情報です。
最近、そういうコースをたどることが多いので、
そういうことになっているんだと有難く感謝して読みました。
日記を書きたくなったのも、誰か私に似たような人が
ちょうどその情報が欲しいところなので、私が呼ばれたかもしれないですね。

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ウニヒピリが見せてくれようとしている記憶を、責めたりしないで、
あるがままに見つめることが大切だと感じました。

「シュウトメちゃんがへの憎しみがまだ残っている、こんなのいらない」
昨日の日記に書いた私の気持ちですけれど、
いろんな無理難題を押し付けられた悲しみ、苦しみ、恨みがあるなら、
それはそういう記憶がウニヒピリの中に保管されてきたということ。
今までの人類の歴史をふり返ったら、もっと悲惨な例が、
それはそれはたくさんあったことでしょうね。
無理難題を押し付けた経験も、押し付けられた経験も山ほどあると思います。

本の続きを読むの、楽しみです。
昨夜は職場の忘年会があって、忙しかったので。
                         
                                  
        

斎藤ひとりさん 一生に一回聞けるか聞けないかの話

category - 日記
2013/ 12/ 11
                 
昨日は、出勤する途中の車の中で、You tubeを聞いていきました。
斎藤ひとりさんの講演会でした。
タイトルは「一生に一回聞けるか聞けないかの話」です。
よかったらパソコンで聞いてください。
http://www.youtube.com/watch?v=imbLD2WC-Rw

職場に意地悪する人がいると相談を受けたそうなんです。
職場には何人いますか?と聞いたら10人とのこと。

分かりました、そのうちの1人があなたに意地悪するんですね。
では、残りの意地悪しない9人に、感謝しましたか?


感謝の気持ちにならないのは、意識が意地悪する人だけに向いて、
意地悪されたという被害者意識にフォーカスしたためでしょう?
その意地悪な人は、意地悪しない人たちへの感謝の思いが
あなたの中に湧くように、現れた人なんですよ。

私の職場は近いので、そのあたりで到着してしまいました。
仕事が終わってから、後で続きを聞きました。

意地悪されると、あの人は嫌だな、変えたいな、と思い、
嫌がらせをした人に文句が出ます。

〇〇さんは意地悪しない、〇〇さん、ありがとう。
△△さんも意地悪しない、△△さん、ありがとう・・


このように、意地悪しない他の9人に感謝の心になってくると、
心が落ち着き、平和になってきます。
実はその平和は、意地悪した人との比較から出てきたわけです。

そうか、私は意地悪してきたあの人に気付きをもらったのだと
その意地悪した人に「感謝します」と言えた時、
意地悪した人の脳がぱっと変わる、というのでした。



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この話で連想したのは、私の場合、もちろんシュウトメちゃん。(苦笑)
実は前に、シュウトメちゃんが施設で意地悪する人がいるというので、
「あらまあ。その意地悪な人こそ可哀想」を連発して、
シュウトメちゃんを笑わせたことを日記に書いたことがありました。

それを読んだねえねさんが、「そんな人が自分の姑じゃなくて良かったわ~、
姑ちゃんが自分の義母で良かった~」と言ったら喜ぶかも?
そんなコメントをくださったのを思い出しました。

それを読んで「姑ちゃんが自分の義母で良かった?
それはハードルが高いわ。あまりに高い・・・」
と感じました。

なぜそう言ってあげられないかを考えたところ・・・。
私の中に、まだ恨みつらみが残ってるんですよね!

恨みつらみかぁ。もう卒業したつもりだったけど、
卒業していたらきっと、シュウトメちゃんにそう言ってあげられるかも。
無理もないと思うけど、できたら卒業したいなぁ。

ここから先、ちょっと怪しいですが、私にとっては普通。(笑)

シュウトメちゃんに意地悪されて悔しくて辛かった!
シュウトメちゃんのバカ野郎!と一人の部屋で言ってみて、
ふぅ~~っと息を吐き出して、息と一緒にその思いが、
自分から出て行くのをイメージしてやってみたら、
息だけじゃ足りない気がしてきたので(笑)
両手でその思いをひもを引っ張るみたいに胸から引き出す仕草をして、
「もうこんな気持ちは卒業したい!手伝ってください!」と
神様、仏様、天使様(見境ないですねぇ)にお願いしてみました。

まあ、一回そんなことをしてどうなるものでもなさそうですが、
私の卒業したい念を落ち着かせる効果くらいはあったかも。

そのあと、声に出して、こんな風に言ってみました。
「私はシュウトメちゃんのおかげで、被害者意識にはまる怖さを知り、
愚痴ばかり言い続けるとどうなるかを知りました。
シュウトメちゃんに感謝します。ありがとうございます。」


あのね、実はとても落ち着いた平和な気持ちになりましたよ。
そうか、この言葉を自分に言う分には全く抵抗がないわ~。
シュウトメちゃんにありがとうと言おうと思うと、抵抗があるけど。
この言葉を自分で声に出して言う習慣は、私に平和をくれる気がする・・・。

半信半疑どころか9割が疑いでもいいので、お試しくださいね。


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You tubeの斎藤ひとりさんの話の続きに戻ります。

何か一つ問題が起こったという時、人の意識は問題にフォーカスしますが、
実は一番大事なのは、問題を起こしていない部分を
当たり前だと思わずにきちんと感謝することだと言うのです。

いいことには当たり前だとしか感じないで、
問題が起こると、不平不満が湧いてくることが実は問題。
感謝の反対は当たり前。


子供ができないんです。
息子に嫁が来ないんです。
よく聞く相談だそうです。

これが大問題と感じるけれど、結婚して10年たっても
その人の子供がほしい、というのは、相手はいい伴侶なんです。
息子はいい子なのに、嫁が来ないと思っているのなら、
いい息子を持ったことは、感謝すべきことなんです。
「問題でないこと=当たり前と思っていること」に感謝していますか?
感謝できた時点で、それは大問題にはならないはず。

子供を産むかどうか、結婚するかどうかは、
魂がそれは今回はしないと決めている場合もあると言います。

この世は感謝を知らないとひどい目にあうようにできているんだそうです。
当たり前と思ったところから不幸が始まると。


これ、面白くていい考えだと思いませんか?

ご主人が働いてお給料をもらってくる。当り前じゃないの。
奥さんがお料理を作って出してくれる。当り前じゃないか。
これ、わかりやすい例ですよね。(笑)

ここから先も、とてもひとりさんらしいお話でした。

人間は魂を成長させようと生まれてくる。
因果が返ってくるというが、すぐには返ってこない。

例えば戦時中の前世で、捕虜の目をつぶした人の因果は、
次に生まれ変わる時には出ない、とひとりさんは言います。
捕虜の目をつぶすような未熟な魂に、いきなり因果を背負っても、
それに耐えられないので、魂のレベルがその因果に耐えられるだけの
成長を果たしてから・・・3代も4代も経ってから因果が現れてくる。

ただ、因果を受けないで済む方法がある。
今生で起きてくることに感謝する。
不平不満でもなく、当たり前でもなく、感謝の思いを持つ。
それによって魂のレベルが上がると、その因果とは違う次元の
ステージに上がっているので、その因果は返ってこない。
ただ、魂は成長を求めるものなので、ステージが上がったら、
神様からの次の出題が起きてくる。
この世は自分の魂のステージを上げるところで魂はそれを求めている。
そして魂は、人の魂のステージが上がることを無上の喜びとする。



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みんなで仲良くステージを上げていけたら一番ですね。
私もこの言葉を繰り返して頑張ろうかな。

「私はシュウトメちゃんのおかげで、被害者意識にはまる怖さを知り、
愚痴ばかり言い続けるとどうなるかを知りました。
シュウトメちゃんに感謝します。ありがとうございます。」

ここで終わると美談みたいですけどね、おまけ。
「もう充分、いろいろご指導いただきましたので、
これからの人生では接点少な目でお願いします。」
あ、これ、神様仏様天使様へのお願いです。(笑)
感謝と解放。ダブルがいいなぁ~。
                         
                                  
        

「そんな。いいですよ~。私が置いてきます。」とおっしゃったお客様

category - 日記
2013/ 12/ 10
                 
夕方のレジに入っていた時、ある若いご夫婦の会計をしました。

ご主人は、お買い上げのレジかごを、袋に入れるために運んでいかれ、
奥様はお会計でお金を払うというファインプレイ。

目の前には、その直前に会計されたお客様が、
戻すのが面倒で放置してあったカートがありました。
次のお客様の邪魔なので、本来は、レジ担当でないスタッフが見つけて
既定の場所に運ぶものなのですが、放置カートの有無を
いつも見張っているわけにもいかないので、
しばし放置のままということもあります。

その日はスタッフの数が少なかったので、暗くなってレジも空いてきたし、
目の前のお客様の会計が済んだら、私が置いて来ようと思っていました。

会計途中の奥様は、目の前のカートを見てあれっという顔をして、
ご主人のほうを見て、ご主人の前に自分たちのカートがあるのを確認されました。
お釣りをお渡しする直前のことでした。
レシートとお釣りをお渡ししてから、こう申し上げました。
「そちらは前のお客様のカートでした。私が片付けますのでどうぞそのままで。」

そしたらそのお客様、こうおっしゃったのです。
「そんな。いいですよ~。私が置いてきます。」

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私は長いことレジをやっていますけど、初めてそんな言葉を聞きました。
なんて優しくて感じのいい人なんだろうと思いました。
しかし、そんなことをお客様にさせるわけにはいきません。

「いえ。今は空いておりますから、私が片付けます。ありがとうございます。」
そう言って、レジを抜けようとすると、そのお客様、
「大丈夫ですよ~」とカートを運んで行かれるじゃないですか!
それ以上辞退するのもかえって失礼なので、お辞儀して見送りました。

こういう性格のいい、気持ちいい人ばかりだったら、
日本はどんなに素敵な国になるんだろうなと思いました。

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ここに勤めるようになって驚いたことの一つが、
たくさんの人が平気でカートを置きっぱなしにしていくこと。
「ここにカートを置かないでください」と張り紙してある前でも、
どんどんそこに置いてしまう人たちがいること。
張り紙も読んでないからでしょうけど、読んでも置いていくかも。

うちのお店は、高速バスの団体客の皆様によくご利用いただくので、
混雑時に邪魔になるということで、店内にカート置き場はなく、
ドアの外にあるので、特別多いのかもしれません。
店から高速道路の駐車場に直接行くには、ドアの外に出なくていいのです。
カートを返すためにあと3メートル歩くのは面倒なのでしょう。

でも見ていると、そのまま外に出るお客様も、
カートを店内放置していかれますね。

毎日のことですし、カート片付けも仕事のうちなので、
「ありがとうございます」と言いながら、放置カートを片付けますし、
いちいち頭にくるということもないのですが、残念だなぁとは感じます。
たかがカートですけど、こういう公衆マナーで民度がわかりますよね。
カートを使ったら、カート置き場に戻す人の方が好きです。
スタッフの仕事が増えるとか、そんな理由でなくて。

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そういう意味で、自分の放置したものではないのがわかっていて、
レジの人が片付けるのは大変だし、ついでに片付けますと
さらっと申し出てくださったお客様は素敵でしたよ。
「ここに置いておけばいいじゃん!」と大声で、
お友達にも放置を勧める方もよく見るだけに、その差がまぶしいわ。(笑)

気持ちのいいエネルギーを受け取らせていただきました。
私も気持ちのいいエネルギーを出して生きて行きたいなと思いました。
ありがとうございました。