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2013/11/27
2013/11/26

2013年11月

        

地獄とはマイナスの思い込みエネルギーの引き寄せで作られる世界

category - 日記
2013/ 11/ 30
                 
非常に怪しいタイトルで申し訳ありません。

死後探索というシリーズの本があります。
著者が幽体離脱して経験したノンフィクションの本ですが、
それを実話としてすんなり読める方は少なそうです。

http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3A%2F%2Fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2F%400_gold%2Fheart810%2Fimage%2Fbookimg%2Fb575.jpg%3F_ex%3D128x128&m=http%3A%2F%2Fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2F%400_gold%2Fheart810%2Fimage%2Fbookimg%2Fb575.jpg%3F_ex%3D64x64

SFとして読んでも面白いので、ご紹介したいと思い、
シリーズ4に書かれている、地獄の話を書いてみます。
(抜粋ではなく、koalaの独断でまとめたものです。
あまりに長くなるのであらすじくらいしか書けません。)

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死後に最後の審判があり、天国行きか地獄行きかは
生前、その人のしてきたことで決まるという話もありますが、
実際は、人は裁かれて地獄に落ちるのではありません。

死んで肉体を抜け出した魂の中で、光の存在からの、
非常に強い愛のエネルギーを受け入れた魂は、
地獄に行くことはありません。

しかし、魂にはいろいろな思い込みがあります。

生きるにはアルコールが必要だという
思い込みが非常に強い魂は、同じ魂が引き合っている
アル中の地獄へ行きます。

多くの人に、高レベルの感情的苦痛を与えることが
生きがいであり不可欠だという魂は、
感情のサディストの地獄へ行きます。


その地獄に行くのは、生前の行いが悪かった罰ではなく、
自らのエネルギーパターンがなじむ世界が地獄だからです。


たくさんの思い込みのエネルギーがあり、
その数だけの地獄が出来てしまいます。

例えば、その地獄の中で知り合った魂同士が、
愛の絆を持ちはじめ、地獄のエネルギーパターンとは
相容れない部分が増せば、その地獄に引きつけられないので、
地獄から抜け出すことが出来るようになります。

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繰り返しますが、罰で地獄に落とされるのではなく、
自分のエネルギーパターンの引き寄せで地獄に落ちるからです。

人生と言うのはこういうもの、という信念の内容が、
地獄に相応しい魂が、地獄に行ってしまうだけで、
その信念が薄らいでいけば、簡単に地獄からは出られるのです。


例えば、感情のサディストの地獄にいれば、自分も多くの人を
感情的に攻撃できますが、そういう魂の集まりなので、
自分も当然感情的に攻撃される、苦しい世界です。

その地獄に引き寄せられている魂たちを救うため、
ヘルパーたちが派遣されます。
しかし、地獄の魂と、愛に溢れるヘルパーとでは、
あまりに波動が違うので、難航することも多いようです。

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一つの例。
ヘルパーは感情のサディストの地獄で、標的を装います。
どんな感情的攻撃を受けても、ヘルパーは無条件の愛を返します。

攻撃する魂は、標的の苦痛を得ようと攻撃するのに、
返ってくるのは無条件の愛しかないという結果は、
地獄の魂の理解を超えており、信念に割れ目が出来ます。


自分を捕らえている地獄に共通する信念との間に
葛藤が生まれるのです。これが地獄から出るチャンスになります。

もしも地獄の魂が、その愛を受け入れるなら、
愛されていると感じる経験は、その地獄のエネルギーとは
高レベルの「相容れなさ」を持つので、その地獄には留まれません。

地獄から押し出された魂は、愛のエネルギーの繭に包まれます。
ヘルパーたちは、地獄から押し出された魂に付き添って、
できる限り愛の感覚を留めておこうとします。
そして、その魂が地獄にいたこと、次にどうするかを
自分で選択できることを理解出来るように努力します。

もとにいた地獄に戻るか、あらゆる地獄から縁を切れるような
環境に行く決心もできるということを知らせます。
エネルギーパターンをいい方向に変化させれば出来ることです。


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この世に戻って転生するのも、一つの選択肢だそうです。

自分とは違った新年た生き方をしている人々と一緒になることで、
自分のエネルギーパターンを買えるチャンスが得られます。
誰を見習うか、自分で選択することによって。


いい選択をすれば、地獄的なエネルギーパターンを
1度の人生でひっくり返すことが出来ます。
すべて自分次第だという説明を魂は受けます。

決断に至るまでにあまりに長くかかってしまい、
その間にまた地獄に引き戻されてしまうこともあるようです。

すぐに変化することを決めた魂の場合は、
愛のエネルギーの層で魂を守り、
生まれ変わる前に、もっと愛のエネルギーを与えられます。

そして、自分がそもそもなぜ地獄に行くことになったのか、
自分の身につけてきたエネルギーパターンを知り、
どれほどの回数、自分が死んで同じ地獄に舞い戻ったかを知ります。


転生は悪いエネルギーパターンからの解放の可能性もありますが、
悪くすれば、解放どころか更にエネルギーパターンを強め、
他の地獄のエネルギーパターンを付け加えてしまう可能性もあり、
死後に更に深い地獄に落ち込むかもしれません。

転生は大きな賭けでもあります。


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長くなるので、今日はここまでにします。

人間の本質はエネルギーなんだろうなと思っていましたので、
私にはとてもしっくり来るお話でした。

地獄に行くほどではなくても、マイナスのエネルギーパターンって、
人は少なからず持っていますよね。

自分が地獄に引き寄せられて行ってしまっても、
その地獄のエネルギーパターンからはずれることができれば、
そこから脱出することが出来るという話はとても面白かったです。

魂が愛を受け入れるだけで、地獄とは相容れない状態になること、
その手助けをするヘルパーがたくさんいること、
ヘルパーの中でも、かつて地獄から脱出した魂は、
地獄への理解が深く、救出に役立つということ、
ひとつひとつが新鮮な話でした。

怪しい話にお付き合いくださった方に感謝します。
また続きを書きたいと思っています。
            
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昨日シュウトメちゃんが当たったイヤな感じのドクター

category - 日記
2013/ 11/ 29
                 
昨日の朝はシュウトメちゃんが気持ち悪いというので、
出勤前に病院に行きました。

吐き気があるわけではないので、胃薬が出るだけでしょうが、
たくさん飲んでいる薬との相性が悪いといけないので
シュウトメちゃんは、医者の処方薬しか飲みません。

足の甲のむくみも最近ひどいので、診ていただこうと思って。
多分、動かない高齢者なので血行が悪く、水が溜まるという症状ですが、
他の内臓疾患が隠れていることもあるらしいので、
どうせ受診するなら診て頂いた方が安心と思いました。

左半身が脳卒中の後遺症で麻痺しているので、
麻痺した左足の甲がむくみやすいんです。


洗濯物が干しかけだったので、私はそのまま帰宅しました。
運悪く、当たったのはシュウトメちゃんが一番嫌いなドクターでした。
気持ち悪いのはやはり胃薬をいただいただけでしたが、
足の甲に至っては、靴下を脱ぐことも不要だと言われて、
要は、診察する必要なしと拒否されたのでした。


「どうしたら治ると思う?この足をどうしたいんだ?」
こう言われて診察時間終了。


時間の無駄だ、こんなことで病院に来るな、ということでしょうか。

100%そのドクターだけが悪いとは思いません。
大したことがないのに、すぐ病院に来て医療費を使う、
シュウトメちゃんを含む、時間の有り余った高齢者に、
日頃から、公費医療費の無駄使いだと義憤をお持ちかもしれません。

でも、体の不自由な人が受診に来るのは、大変なんです。
普通に支度すること、車に乗ることなど、
健康な人がなんとも思わないことがいちいち大変なのです。

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それなら来るなと思うような患者がどうして来るのか。
体調を崩して寝込むと寝たきりになってしまう恐怖があるので、
寝込まないで済むように、とにかく先手を打ちたいのです。

その気持ちに沿うどころか、水を浴びせるなんて、
このドクター、患者への愛情がなさすぎ。


足の甲は99%、血行が悪くて水が溜まっただけでしょう。
でも、もしそうじゃなかったら?と思って受診した相手に、
まともな診察どころか、ちらっと見てくれる事もないなんて、
「どうしたら治ると思う?この足をどうしたいんだ?」と言って
意地悪するなんて、ドクターの資質を疑うわ・・・。
このセリフは患者側に、意地悪にしか受取れないですよね?

診て頂いて、「これは心配ないですよ。」と言っていただくだけで、
シュウトメちゃんのような高齢者は安心するんです。
その後はありきたりなことを言ってくだされば、大感謝。
「足を高くして寝てね。足を温めたり、軽く撫でるのもいいよ。」
そんな知っていることを言われるだけでも患者は喜ぶんです。
5分ほど余分に時間を取られるでしょうが、この日は混んでもおらず、
その5分×人数が・・・という状況ではありませんでした。


今後、こんなことで来られたくないのでしたら、
「気持ち悪い時は、市販の○○という薬なら飲んでも大丈夫だから、
それでちょっと様子を見てもいいよ。治らなかったら来てね。
足も、○○というような症状がなければ、様子を見て大丈夫ですよ。
冬は特に血行が悪くなりやすいから、なるべく足を高くして、温めてね」
そうすれば、来る回数は減ると思いますよ、ドクター。
何かあったら困るから言えないんだったら、
患者に毒吐きしないで欲しいですよね。

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足の不自由な高齢者の足の甲は、知らない人が見たら
本当に、驚くほどむくみます。


私も最初に見たときは衝撃でした。
老人ホームにいる叔母の足も、車椅子になったらてきめんでした。

足枕を買ってあげたのを寝ている時に使うのと、
足をなるべく温かくというのをやっていますが、
本当は足のマッサージをしてあげるといいのですが、
鬼嫁なので、「時々自分で撫でてあげるといいよ」と言うだけで、
私自身はやってあげていません。


夜は洗面器のお湯で足湯してます。
本当はこの際に、石鹸で洗ってあげて、お湯を何度もかえて
ゆすいであげると、蜂窩織炎(ほうかしきえん)の予防になりますが、
これは私の腰が悲鳴をあげるのでパスしてます。

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着替えの補助とか、湿布のはりかえなど、他の介護も
全部腰に響くので、シュウトメちゃんの退院後は
私の腰もけっこう悲鳴をあげやすくなりました。

それより原因はストレスじゃないの?と会社の同僚。(笑)
腰が痛いとき、作業場で30秒でも前屈をすると楽になるのですが、
そういえば最近、よくやってるね~と言われて。
もう全然接骨院に行ってないし、腰痛体操もサボってるし、
寒くなったのと、介護で腰を痛めるのと、ストレスと、全部でしょうね。

接骨院で診察前のサウナで患者同士がおしゃべりするのですが、
直感ですが「ストレスとの因果関係はかなり深い」と思いました。
ストレスってことは、脳みそのせい。
なので、たまに脳みそにがつんと言ってやります。
「私の腰痛の半分は、脳みそのせいだって、知ってるんだからね。
私、そんなのに負けないから。だって私は強いんだもん。」
脳みそにケンカ売ってるこの行為は、腰痛に効いてるのかな?(笑)

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優しいドクターに当たればよかったのに、
シュウトメちゃん、昨日は大ハズレでしたね。
でもまあ、たまにこういう人に当たるのも、
打たれ強くなるからいいのよ。(笑)
シュウトメちゃん、自己評価では自分を弱いと思ってるけど、
実の所、けっこう強いので自信を持って欲しいなぁ。

                         
                                  
        

いい1日でした

category - 日記
2013/ 11/ 27
                 
今日は私の53歳の誕生日。
キャロライン ケネディさんと同じなのよね。
女性だというくらいしか共通点はないですが。(笑)

11月27日は、こちらでは紅葉の美しい時期です。
秋の終わり。冬がもうそこまで来ている頃。

生まれてから、もう53回の紅葉の季節を過ごして来たんだ・・・
そんな思いがふいに湧いて来ました。
そんな風に思ったことなどなかったのに。

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小さな私が着膨れて、紅葉の中で笑っている写真があったっけ。
まだ若かった母と一緒に写っていました。
写したのは、やはりまだ若かった父。

小さな子は紅葉にはそんなにときめきませんね。
ドングリの方がときめくに決まってる。(笑)

大きくなると、友人やBFと紅葉を見に出かけるようになりますね。

母になると、紅葉よりも子供が喜びそうなお出かけ。

子供の手が離れたら、オットとよく長野の紅葉を見に行きました。
友人とはよく京都に行きました。

両親はそれぞれ末期がん宣言を受けました。
でも、お医者様の余命宣告の何倍かの時間を生きてくれました。
もう親の命は残り少ないとかみ締めながら、
一緒に見に行った紅葉の美しさは今も目に焼きついています。

その後も、紅葉が好きな私は、あちこちに見に行ったっけ。
この季節を、生まれてからもう53回も迎えてきた私。
命を与えていただいて、ありがとうございます・・・。

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今日は、午前中は叔母の老人ホームに行きました。
昨日、今日と連休がとってあったんです。

施設のスタッフさん2名、デイサービスのスタッフさん2名、
ケアマネさん、介護用品のレンタル業者の方に私の7人での会議がありました。

7人が集まって、どういう介護が本人のためにいいのか、
みっちり30分も話し合いしていただける叔母さんは幸せだよと、
後から叔母に言うと、叔母も頷いていました。

叔母はこの時間、ちょうど訪問マッサージの時間でしたので、
部屋でマッサージを受けていました。

来年のカレンダーを2つ、叔母に持っていきました。
1つは叔母の好きな須永博士さんのカレンダー。
これは熊本の須永博士美術館からお取り寄せ。
もう1つは、迷ったんですが、今年のセカンドカレンダーは、
純和風の江戸時代の絵画ものだったので、
雰囲気を変えてパナソニックの世界遺産のカレンダーにしました。
お取り寄せしちゃってから後悔するのも遅いけど、
叔母は北海道が好きだったので、北海道の景色のカレンダーを
探した方が喜んだかなぁ・・・。

壁にあまり額などが飾れないので、カレンダーは大事。

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午後から、職場の中にある日帰り温泉へ。
誕生日のサービスはがきが毎年もらえるのです。
入浴と岩盤浴が格安になり、ランチと生ジュース、
ドクターフイッシュが無料になります。
ヨガの安いチケットも買えるので買いました。

夕方、ライトアップを見て帰りました。









                         
                                  
        

刈谷市の隠れ家カフェ ピカシェット

category - 日記
2013/ 11/ 26
                 
今日は素敵なカフェ&ギャラリーのご紹介です。

お店のHPはこちら。
カフェ&ギャラリー ピカシェットたより

平日10時から2時
土日10時から5時
木曜定休日

刈谷ハイウエイオアシスの前の道を豊明市方面に少し進み、
ひとつ目の信号を直進すると左に見えるのがこの看板。
ハンドメイドで味のある看板です。




カフェのオーナーは子供たちに水彩画や油絵や焼き物を教える
造詣教室の先生なんです。
実は私の子供たちも、この教室に通うのが大好きでした。






門をくぐります。





階段も可愛いです。手作りっていいですね。




こんな道を歩くの、大好きです。




普通のおうちの玄関のドアをこんな風にアレンジしてあります。





このテーブルでランチを食べました。
(食べた後、離れて撮影しました)

このお店、メニューはないんです。
ランチは1種類、お値段は500円。
メニューはオーナーの気分で決定するらしい。(笑)




最初にパンプキンスープ、メインは上の画像のホットサンドとサラダ、
この後に、シナモントーストとコーヒー。
美味しかったです。




ランチの席から上を見上げたらこんな感じでした。




階段を登っていくと、ギャラリーコーナーがあります。
画像写さなかった~、残念!




この階段も、素敵なんですよ。
手すりがすごく凝ってます。




本物の薪ストーブ。
窓の外には薪がいっぱい積んであります。
当たり前ですが、煙突が2階に突き抜けていて、
煙突からの熱で、2階も暖まるようになっていました。




2階のギャラリーは見て楽しむコーナーですが、
1階には、驚くほどの安いお値段で買えるコーナーがありました。
 
買ったもの その1  親子ベア
この親子ベア、セットで2000円というのでびっくり。
すごく可愛いんですよ。どこに飾ろうか??




買ったもの その2 ポーチ

パッチワークです。表と裏はデザインが変えてあります。
1000円。内側の布も可愛いのですよ。
旅行に行く時、化粧品を入れるのにぴったりと思って買いました。



買ったもの その3 カード  1枚350円でした。
猫のカードは家に飾っておこうと思って。
左のはクリスマスカード。
毎年クリスマスカードを送りあっている友人が1人いて、
そのうちカードを探しに行こうと思っていたのでナイスタイミングでした。

ギャラリーは、今月いっぱいはファミリーキルト西の風展、
来月からはクリスマス展とのことでした。

よかったら行ってみてね~。
                         
                                  
        

我々が別々に離れているというのは幻に過ぎない

category - 日記
2013/ 11/ 26
                 
ブリンクリー氏のインタビュー部分を青字で載せています。
引用元はこちらです。↓
「未来からの生還者」ダニオン・ブリンクリーとのインタビュー

昨日の日記に、現世というものは、
『空』の世界の広大さ、完璧さを思ったら、
出べそみたいなものじゃないかと書きました。

そんな時にブリンクリー氏とのインタビューの記事に出会い、
かなりすとんと納得がいった気がしています。

「出べそ」という表現は品格がなくて申し訳ないですが、
格調高いのが似合わないキャラなのでご容赦下さい。(汗)

青字の部分以外はkoalaの独り言です。

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現実の世界で四苦八苦するのは、その出べその部分で、
自分の本質は出べそではなく、広大な『空』の世界だとわかれば、
同じ状況にあっても、『これはただの経験だ』という認識で、
深い所で「どうしよう?!」とたじろぐ必要はないはず。

そして、自分の未熟な面も、人の未熟な面も、
「どうしてこんなにレベルが低い!」
「ここが悪い、あそこも悪い!」と否定することがなくなり、
「小さな出べそなんだから、駄目に見える部分もあるけれど、
本質は広大で素晴らしいのだから、裁く必要なないですね。

シュウトメちゃんがどうのこうのと裁くのは不要でした。
だって、シュウトメちゃんの本質は、広大な光のエネルギーですもん。
自分が馬鹿すぎて嫌になるっていうのも不要でした。
だって、私の本質は・・・以下同文。
みんなそう。以下同文。みんなつながってる。

未熟なのは出べその部分だから。
それより、「出べそ」はなぜ未熟なの?
そこに浄化のポイントがあるからでは?

小さな出べその向こうは、広大な本質があるので、
本来、人は自由に本質と出べその間を行き来できるはず。
でも、過去や現世に積んだカルマの汚れが浮遊しているので、
そんなにスムースに行き来できなくなっている。

その汚れが浄化できれば、行き来はスムースになるので、
汚れの原因となる間違った思い込みを見つけ出すために、
現世でいろいろな出来事が起こってくるのかも。

------------------------------
ここから先の青字はインタビュー引用文です。

向こう側で経験する、あんなにもすごい愛、強さ、力、
正しさ、栄光、そんなものをすべてこの肉体に持ち込むことはできない。
体を離れて経験している間でさえかろうじて耐えられるほどなんだ。

けれど、死後のレビューの間には、これらの高い霊的世界に触れるんだ。
超越----自分がすべてのものを意識し、すべてのものが自分を意識する。
それはまさにパラノマ的な知識だ。

たった一目ですべてのことが理解される。
自分が海の一滴であり、その分子、原子構造が理解されると同時に
海の壮大さが、その中に含まれる全存在が同時に経験できる。

ここにいるのは自分という霊的存在のほんの一分なんだ。
大部分はこの世界には入らないんだ。そんなことはできない。
あんなすごい力と愛をこの肉体のなかに持ち込んだりしたら、
肉体が爆発してしまう。

人間がその人生の半分を眠ってすごすのはどうしてだと思う? 
その間は体を出て、他の仕事をしてるのさ。
他の次元にやらなきゃならない仕事があって、それをやってるんだよ。
僕はそのことを感じている。

我々が別々に離れているというのは幻に過ぎない。
それは物質的経験を可能にするための幻なんだ。
僕らが「別々に」生まれてこなければ、
お互いに関係し合うことはできないからね。
それによって人は自己と、自己の内の自己と再度一つになることを学ぶ。


------------------------------


あんなすごい力と愛をこの肉体のなかに持ち込んだりしたら、
肉体が爆発してしまう。

なんともすごい表現です。

自己嫌悪なんか全然必要ないって思えます。
思えるけど消滅はしないのも出べそならではなのか?(笑)

私たちの本質は素晴らしい力と愛のパワーを持っている。
それを感じる人が増えることで、現世であるこの世界に
変化が訪れるというのはすごいことだと思います。
(この件については昨日の引用文を読んでください)

------------------------------

長いインタビューの一部抜粋は今日で終わります。
日本についてもいろいろ語られています。

人間が存在すること自体が「神様の援助」なんだ。
人は救われるのを待つために生まれてきたんじゃない。
誰かが罪から救ってくれるのを待つんじゃない。自分自身が救うのさ。

すべての人間は「救い主」だ。
一人残らず。救ってもらうために待っているんじゃない。
救うためにここに来てるんだ。
できるだけ多くの人間が早くそのことに気づけば、世界はもっといい場所になる。

人間が唯一救う必要があるのは、そして救うことができるのは自分自身なんだよ。

2004年から2014年の間に、地球に非常に強力な霊的エネルギーが降りてくる
----還ってくる。その時期が来るんだ。

宇宙というのは非常に秩序だっている。
それは愛に基づいている。
愛はあいまいなものではなくて、まぎれもない力だ。

すべてのものは愛を基にして形作られている。
その流れには満ち潮と引き潮のようなリズムがある。
愛が流れ込み、後退し、それによって反応が起きる空間が与えられ、
それからまた帰ってくる。

このエネルギーが地球に還ってくることで、
地球はその力のために引き上げられ、
人間の意識は否応無しに持ち上げられる。
人間は一層意識的になり、意識の成長が起こる。

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アメリカ、ドイツ、日本。
この三国は自己の中心から離れ過ぎてしまった。
どれも先進工業国、大変勤勉な国だ。
しかし我々は霊的中心に戻ってこなければいけない。
この3つの工業大国が霊的中心に戻ってくることができれば、
世界の他の国がそれぞれの霊的中心に戻ってくる道が開ける。

日本がここまで工業国として成功することができたのは、
神道や精神性、文化といった伝統的な精神的バックグラウンドのおかげだ。
この精神的な人々による、よく統一された、
秩序だって構造だった精神的基盤なしには、
日本はここまで工業的に発展することはできなかった。
そのことを僕は非常に素晴らしく思っている。

アメリカは宗教の自由の上に建設された国だ。
宗教の国であり、そこに帰っていくべき原点がある。
ドイツは宗教と視野の交差点にいる。
この三国を霊的価値観に沿わせることができれば、
これから起こる混乱を防げる。

人々は気づく----精神的成長こそが世界の大国としての立場に
秩序よく戻ってくるために払わなければならない代価だと。

現在の日本が混乱しているのは、そのことにまだ気づいていないせいだ。
日本の文化は深い精神性に基づいており、
そしてその精神的要素から離れてしまったら、
どんなに金持ちになろうが、酒を飲もうが、その空虚さを満たすことはできないんだ。

日本はその真の中心である精神の伝統に帰られなければいけない。
今の日本は非常に混乱しているが、日本人が望めば、それは可能なんだ。
                         
                                  
        

延命治療について  生まれてきた目的について

category - 日記
2013/ 11/ 25
                 
先に延命治療について、昨日の日記の内容を少し書き足します。

どこまでが通常の治療で、どこからが延命治療かという定義が、
はっきり私にわかっているわけではありません。
治療というのは、基本的にすべて延命を目的としていますから、
線引きは難しいと思います。

両親の場合、最初に延命治療をするかどうか病院で聞かれましたので、
両親の意思に従い、しないと答えました。

延命治療はしないと意思表示した両親は、
抗がん剤治療も、寝たきりになる前に打ち切りになり、
病院併設のホスピスに入りました。

食べられなくなったら点滴、排尿も難しくなったら導尿、
痛み止め、酸素吸入、そういう処置だけしていただいていました。

血管がぼろぼろになり、点滴が入らなくなったら、おなかから、
ごく少量の点滴(とは呼べないほどの少量ですが)に切り替わり、
数日で眠るように亡くなりました。

気管切開、人工呼吸器、心臓マッサージ、胃ろう
そういったものが、延命治療に当たる気がします。

本人が死にたくないからではなくて、周囲がその人と
この世で別れたくないから、死にそうな家族を見て、
とっさに聞かれて希望してしまうケースが多いような気がします。

死ぬ前の家族にしてあげたいのは、延命治療ではなくて、
家族でいてくれてありがとう、感謝しています、
そんな気持ちを伝えることじゃないかなと思います。

こんなことがあったね、いい人生だったね。
あの時はとても嬉しかった、ありがとう。
あの時は悲しませてごめんね、あの時私はこう思ったんだよ。
一緒にこんなことをしたね、楽しかったね。
死ぬのは怖いことじゃないよ、先に亡くなった○○さんによろしくね。
あなたが私の家族で本当によかった。

そんな思いを込めた言葉をいっぱいかけてあげることじゃないかと思います。


亡くなっていく方は、少し寿命が延びることよりも、
そういう会話を、できれば頭がクリアで、自分も話が出来る時に、
この人生で深く関わった人たちと、分かち合うことではと思います。

私は人間の主体は肉体とか頭脳ではなく、魂だと思っているので、
ただ肉体が朽ち果てるのを先延ばしするために、
そういう機会を奪われてしまう方が、死よりよほど辛いと思います。


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色即是空です。

私たちの肉体は目に見える色即是空の『色』の世界にいて、
『色』の世界ならではの経験がたくさん出来るのですが、
それは目に見えない、大きな素晴らしい『空』と繋がっています。


ここから先に書くことは、私の最近持っているイメージの話なので、
般若心経に通じたお坊様の言葉ではないことを最初にお断りします。

口の悪い人に『精神病院に行くべきだね』と言われそうな内容かも。

最近、『色』の世界、この現世というものは、
『空』の世界の広大さ、完璧さを思ったら、
出べそみたいなものじゃないかと思うようになりました。

『空』の世界が瞑想の中で、こんなにも素晴らしいのに、
どうして人間はこんなに未熟なのだろうと思っていたら、
封印、という言葉が浮かんできました。
『色』の世界で、波乱万丈の経験をしたいと思ったら、
『空』の完全さは邪魔なんだと気がつきました。

『色』の世界で、未熟な存在ならではの経験を重ねて、
そこで学びを得て、『空』の世界に帰っていく必要があるのか?
そんな怪しい疑問を胸に抱えていた時に、ネットで、
ブリンクリー氏とのインタビューのブログに出会ったのでした。
強く「知りたい」と思うと、ちゃんと答えが降ってくるんですよ。
偶然ではなく必然です。(笑)


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インタビューの引用部分は青字にします。
引用元はこちらです。↓
「未来からの生還者」ダニオン・ブリンクリーとのインタビュー

物質世界は霊的世界の延長だが、しかしこの世界に
生まれることによってしか可能でないことというのがある。
この世は非常に具体的な、構造立てられた、「物質的な」世界で、
我々は霊的目的を持って生まれてくる。
そしてこの地上のある種の浄化に貢献するんだ。

死後のパノラマ的レビューで最も重要だと悟るのは、
自分が行為として何をしたかじゃなくて、
どんな動機でそれをしたかが重要だということなんだ。
我々に必要なのはまず霊的、精神的パターンを修正すること、
それによって物質世界が変わるんだ。


すごい話を読んじゃった!と思いましたよ。

『色』の世界で、未熟な存在ならではの経験を重ねて、
そこで学びを得て、『空』の世界に帰っていく必要があるのか?

私のその疑問に対する答えがこれだったんです。


この地上のある種の浄化に貢献する!

霊的、精神的パターンを修正することによって物質世界が変わる!



ブリンクリー氏は、不良少年で、たくさんの人を暴力で脅し、
大人になってからは、暗殺役で容赦なく人殺しを続け、
その後、戦争の武器を友好国に渡すという仕事で、
間接的に大量の殺人に関わった人です。
マザーテレサみたいな人とは、対極にいる人でした。

その人が「臨死体験者には特別な使命があるのか?」と聞かれて、
こんな風に答えています。

地上に生きている人間はすべて一人残らず使命をもって生まれて来てるよ。
人間というのは、地上に生まれて、あるプロジェクトを成し遂げることで、
宇宙の霊的拡大に貢献し、同時に自己の霊的成長を遂げるできる、
そういう仕組みになっているんだ。


次回に続きます。
                         
                                  
        

ブリンクリー氏の話  死の瞬間というのは家族とともに過ごされるべきだ

category - 日記
2013/ 11/ 24
                 

「未来からの生還者」ダニオン・ブリンクリーとのインタビューから
抜粋させていただいた文章だけを青字で載せようと思ったのですが、
なぜか全部青字になってしまいましたので、引用文を太字にしておきました。



アメリカでは医療費全体の70パーセントの金額が
人生最後の6か月を平均19日延命するために使用されている。
これほど馬鹿げたことはない。

これは僕らの戦いだ----親たちが尊厳をもって安らかに、
よろこびをもって死んでいけるようにすること。
人間が自然に生きられるよりも1日でも人工的に延命をすることは間違っている。

死の瞬間というのは家族とともに過ごされるべきだ。
それは「お別れ」の時であり、過去と悲しみとトラウマからの回復の時間だ。
家族間での解決されていない問題や出来事を振り返り、それについて話し合う時間だ。

患者がもう1日余分に生きるかもしれないという望みに、
近代医学は患者を呼吸機につけ、薬浸けにする。
そんな状態の中で心臓はかろうじて動いているが、患者は死人同然だ。
そしてその過程で人々は親しい人と別れを言う機会を失う。

親しい人がこの世を去り、向こう側に還っていく。
それは静かなお祝いの時でなければいけない。
それは深いよろこびの時間であるべきなんだ。
そして一緒に過ごした人生の中で、お互いに腹の立ったこと、
悲しかったこと、楽しかったことを一緒に語り合う時間なんだ。

それをせずに家族を残して去った場合、本人はその精神的重荷を
それから長い長い間、背負うことになる。
それは本当は起こってはならないことだ。


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死を迎えつつあるその時には、家族間での解決されていない問題や
出来事を振り返り、それについて話し合う。

一緒に過ごした人生の中で、お互いに腹の立ったこと、
悲しかったこと、楽しかったことを一緒に語り合う。

理想の死の形だと感じながら読みました。

家族でも、なかなか自分の心のすべてを
さらけ出すことは難しいですね。
特に日本人はシャイなので。

エリザベス・キューブラー・ロス博士が亡くなるとき、
そのような死の前の時間を過ごされたという話を
ずっと以前、友人に聞いたことを思い出しました。

深いよろこびの時間、というのは、大切な人の死を
完全に受容できないと難しい気がしますが、
ブリンクリー氏は、臨死体験をしていて、死後の世界が
愛と光に包まれたものだというのを経験していますから
自然な思いでそう言う事ができたのでしょうね。

しつこいとは思いつつ、このインタビューに感動したので、
もう少し、ブリンクリー氏の語ったことについての
記事を次にも書きたいと思っています。





 
                         
                                  
        

ダニオン・ブリンクリー氏の臨死体験

category - 日記
2013/ 11/ 23
                 
ネットサーフィンしていたら、ダニオン・ブリンクリーという人が書いた
『未来からの生還』という本の話が目に止まりました。

すべての他者は、私につながる


聞いたことがない本でしたが、どうも絶版らしく、
アマゾンで中古品が6,415円よりという高額で売ってました。
未来からの生還―臨死体験者が見た重大事件
ちなみに、高いと思って、ポチしていません。(苦笑)

検索したら、著者にインタビューした人のブログを発見。

「未来からの生還者」ダニオン・ブリンクリーとのインタビュー

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ブリンクリー氏は、1975年、25歳で雷に打たれ「死亡」しました。
全身やけどで心肺停止、病院地下の遺体安置所に運ばれようとしていました。
その時に臨死体験をしたそうです。


他の臨死体験によくあるように、長いトンネルを猛スピードで抜け、
愛の輝きに満たされた世界で崇高な光の存在と出会い、
今までの人生で、自分が他者に何をしてきたのかを、
相手の立場から見せられることになります。

ブリンクリー氏は、いわゆる不良少年でした。
盗み、いじめ、暴力に明け暮れながら、高校を卒業し、
兵役としてベトナム戦争に赴き、残虐な性格を見込まれて、
敵側の政治家や軍部の人間の暗殺の任務を遂行しました。

政府役人を暗殺するために、ホテルごと爆破して抹殺したこともあり、
50人もの他の宿泊客が巻き添えで亡くなったが、
「一緒にいたのだから、当然の報いだ」と笑い飛ばしたブリンクリー氏。
ベトナム戦争後は、政府の極秘任務に就き、友好国に兵器を輸送しました。

臨死体験で過去を振り返る際には、暗殺された人たちの心の混乱、
悲しみを強烈に味わっただけでなく、彼らの家族が、
愛する人を失ったと知ったときの悲痛も伝わってきました。


兵器は輸送するだけが仕事だったので、渡したらすぐ帰国したのですが、
回想の中では、そう簡単に立ち去れませんでした。

ブリンクリー氏は、回想の中で、武器とともに現地に残り、
それが部隊に分配されるところを見守りました。

それから、その銃を使って人々が殺される現場も目撃しました。
自分の役割が生み出した結果を見なければいけませんでした。


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こうした痛烈な回顧の後に、落雷で焼け焦げた自らの身体に再び戻り、
遺体安置所に運び入れられる手前で息を吹き返したのです。

奇跡的な回復によって社会復帰も果たしました。
事故の影響から、ずっと心臓に不調を抱えていて、
39歳で心臓麻痺で倒れ、なんと2度目の臨死体験をするのでした。

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回想は、前回の臨死体験の時の続きではなく、最初からでした。
最初の25年間に自分がしたことの結果を、もう1度見ることは、
辛くても避けられないことでした。

しかし、その後の14年間は、反省し、生まれ変わった男の人生でした。

ボランティア活動もしていた高齢者施設で、何年も寝たきりの
おばあさんを抱きかかえ、建物の中を歩き回ってあげて、
少し違った風景を楽しんでもらおうとしたそうです。
回想では、彼女のあふれるほどの喜びと感謝の気持ちが、
ありありとわき上がってきました


他の善行も回想に出てきましたが、どの思い出も、
相手の喜び、生き生きした気持ちが伝わってきたそうです。

死んだ後は、人生でかかわりを持った人たちへ、自分が与えた影響を、
相手の立場から実にリアルに味わうことになるようです。

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臨死体験での回想についてインタビューで彼が語っていることをそのまま引用させていただきたいと思います。

これは死の後、すべての人に起こることなんだ。
このことはぜひ読者に知って欲しい。

すべてのものが自分の一部であり、自分はすべてのものの一部である----
死んだ後にはそのことを、生きている間にはとうてい可能だとは
信じられなかったような形で経験させられる時が来る。

その経験を経て還ってきた後では、隣人を自己のように愛し、
自分に欲することを他人に施す、それがごく自然なことになる。
誰かがそうしろと言うんじゃない、そんなふうにならざるを得ないんだ。

たとえば病院や養老院でホスピスの仕事をする時、
自分の目の前にいる孤独な人、空腹の人、
十分な服もなくて寒がっている人、その人を心から暖かく迎え、
友達として手を差し伸べること。

どんな壮大な出来事も、その力においてはこの経験に勝ることはない。
定期的にこういった人々の元を訪れ、その人生最後の時に彼らのことを気遣うこと。

死後のレビューで、この体験を再経験する時、自分を満たすパワーには、
どんな物質的な力も、105ミリ砲もナパーム弾もかなわない。
これは愛だ。そしてその時、自分が宇宙の共同創造者だということ、
こんな愛を体現する霊としての能力をもって生まれてきていることを知るんだ。



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このインタビューの内容は臨死体験だけに留まらない、
とても素晴らしいものなので、また続いてご紹介したいと思いますが、
今日のところは、まず臨死体験の部分をご紹介したくて書きました。
                         
                                  
        

シュウトメちゃんの気持ちにちょっとだけ寄り添ったらこんな感じなんだろうか

category - 日記
2013/ 11/ 22
                 
(長い日記の苦手な方は、青字だけ読んでも意味は通じます。)

高齢者は環境が変わることが一番の恐怖。  
恐怖の度合いは人によって全く違うでしょうが、
シュウトメちゃんはこの恐怖の強い人なのかもしれません。


以前、使いやすいタンスをシュウトメちゃんにプレゼントして、
あまりにも衣類が多く、部屋を占領しているので、
もう決して着ないような服は処分をしましょう、
協力しますからね、と穏やかに言えばいいかと勘違いし、
ヒステリーを起こされて大騒ぎになったことがありました。

私は、シュウトメちゃんの、環境が変わることの恐怖ボタンを
ポチっと押しちゃったのでしょう。

「ワシが死ねばきれいになるわっ!」と叫んだシュウトメちゃん。
慣れた環境(服が溢れてぐちゃぐちゃな2部屋)が破壊されることは
シュウトメちゃんに、死を連想させるほどのことでした。


「生きてるから暮らしやすくしようって言ってるんでしょう?」と
そんな恐怖に縁のない私は、呆れただけでした。


シュウトメちゃんの生きる宇宙と私の宇宙は違うんだというのが、
この時、私には理解できていなかったのでした。

自分は正論を言っているという認識しかなかったのです。

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昔、シュウトメちゃんは主婦でした。
家事を切り盛りし、今より大変だった冠婚葬祭を切り盛りし、
子供を育て、家計を管理してきました。
田舎の農家の長男の嫁は、とても過酷な状況に置かれていました。

自分の都合はいつも、一番最後、だったことでしょう。


クタクタで横になりたくても、農繁期には休めません。
疲れて家に帰れば、家事が待っています。
今のような家電製品はありません。

服を新調したくても、他にお金が必要なことが多ければ、
古ぼけてきて、みっともないなぁと思いつつも、
我慢してきたことでしょう。

昨日の日記に書きましたが、シュウトメちゃんの舅さんが早く亡くなり、
自宅とシュウトメちゃんの義弟の家、2件分の新築費用、
甥や姪が生まれるたび、出産祝い、節句祝い、入学祝など
たくさんの贈り物もしなくてはいけませんでした。
大姑さんと姑さんと子供たちを農業で養いつつ、
それらの支払いをしていたら、自分は後回しにせざるを得ません。

執着している着ない服は、家の2件のローンが終わり、
子育ても一段落して、やっと買えた思い出の服だったのかも。

高齢になって、体も不自由になって、それだけで大変なのに、
「さあ、お金は自分のために使いましょう。
自分のことは自分で考えましょう」といきなり(ではないんですけどね)
言われても、混乱するばかり。


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ずっと人のために働く続けていたら、舅が突然病に倒れ、
看病したけれど亡くなって、自分も落ち着いた頃に脳卒中で倒れて
左半身不随になってしまいました。

自分の楽しみのために、生きた時間は、どれくらいあったでしょう。


不公平だ、と思って当然だという気がします。

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長男が結婚したら、優しい嫁に尽くされたいと思っていたのに、
能天気な嫁koalaは、姑に尽くす覚悟もなくて、気に食わない。
嫁としてすべき覚悟を教えてやると、びっくりした顔で、
「それは無理ですよ~」などとほざく始末。
「女、三界に家なし!」と大声で教えてやったら、唖然としていた。

生活費や国保料など、長男夫婦が払って当然のはず。
自分だって大姑の分を長年払ってきて、小遣いも与えてきたのに、
大姑の時代は年金がなかったからで、年金もらってるんだから
小遣いなど論外といって渡してくれない。

生活費だって少しは払って欲しいとまで言われたことさえある。
今度は服が溢れて邪魔だから捨てろと言ってきた。

それだけかと思ったら、今度はリフォームも自分のお金でやれと
ケアマネさんまで嫁の味方のようなことを言いだした・・・。

そのためにはもっと服を捨てろ、その方が動く面積が広がると言う。
確かに動く面積を広くしたら、快適だろうけれど、
そんな辛くて大変なことをしたくない。

部屋がグチャグチャで汚いし、危ないというが、
余計なお世話だし、第一なんて失礼なんだろう・・・。


改めて、シュウトメちゃんバージョンで書き出してみたら、
何だか切なくなってきました。

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今まで、いろいろ介護リフォームをしてきましたが、
喜んで受け入れてきたのは、(自分の問題でしょう?
自分でどうしたいか考えて、お金も出しましょうね。)
そんな立場に立たされてこなかったことも大きいかもしれません。

おばあちゃん、ここが困ってるんですか?
何とかしてあげますからね。
ケアマネさんや介護業者さんが来て、シュウトメちゃんに聞きます。

これとこれ、どちらが使いやすいですか?
この位置でいいですね。これで転ぶ危険が減りますね!
周囲のみんなが自分を気遣い、お膳立てして、
こんな風にしてみましたが、使いやすくなったら嬉しいです、という姿勢で、
シュウトメちゃんに注目して、リフォームが進みます。

さあ、今まで不便でしたね。もう大丈夫ですよ。
使ってみて不都合があったら、いつでも言ってくださいね。
笑顔で気遣いを受けて、お金は長男夫婦が当然払って、
リフォーム後も「その後、使い心地はいかがですか?」と
きちんとフォローが入って・・・それが今までの介護リフォームでした。


私の方に、いつも全額払わされているという気持ちがあったので、
シュウトメちゃんが今までのリフォームは大歓迎で、
自分で払ってと言われた途端、リフォームしないと言いだしたのは、
お金に執着が強いからだと決め付けましたが、それだけではないですね。

愛されて気を遣われている自分、というイメージが
心地よいものだったから、変化に対応できたという面があったかも。


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倒れて半身不随になるまで、ずっと人のために働いてきたのに。
自分のために、どうしたら一番快適になるかなんて
考える余裕などない生活で頑張ってきたのに。

足が弱って、歩ける距離も減ってしまって、
これからどうなってしまうんだろうという時に、
いきなり「自分のことは自分で考えて決めましょうね。
当然、自分でお金を出すんですよ。」と言われたら、
頭も心もついていけない。


シュウトメちゃんの言い分がこれと同じかどうかはわかりません。
50代の私にはわからない心理がシュウトメちゃんにはあることでしょう。

でも、ちょっと心に寄り添ってみたいと思って書き出しました。

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緩やかな変化がいいのかもしれません。

夏と冬に年寄りは倒れやすいからな、今度倒れたら
歩けなくなっちゃうかもしれないからな。
目の下がピクピクするのも、急に寒くなったせいらしい。
キャンセル待ちで次がわからないなら、3日に施設に入るよ。

そう言っただけでも、シュウトメちゃんの大進化。


実は今日は本当はデイサービスの日なのですが、だるいと言って、
デイはお休みして、寝ころんでテレビを見ています。
インフルエンザの予防接種のせいかもしれないよ、と言ったら、
そうかもしれんな、風邪の症状はないし、とのことでした。

我が家ではインフルエンザの予防接種、今ではシュウトメちゃんしか受けてません。

長女は熱を出して寝込み、私も少し気持ち悪くなった経験があり、
周囲に、予防接種したけれど、インフルエンザになった人も多いです。

話がそれますが、インフルエンザワクチンは効かない毒物だそうですよ。

ネットで、アレは効かないし、副作用が怖いという話を読んで、
予防接種をした人としていない人の感染を調べた数字も見て、
これは効かないし、危険だと自己判断してやめています。
シュウトメちゃんは、毎年受けていますが、特に副作用はなく、
受けたいというので受けています。

インフルエンザ・ウイルスは人に感染しながら、
絶えず形を変えるウイルスなので、ワクチンを作るのに向かず、
ワクチンが出来る頃には型が変わっているそうです。

75000人を対象に、6年間調査した結果、ワクチンに効果なしと
証明されたので、学校の集団接種がなくなった経緯もあります。
インフルエンザは流行るときには流行り、流行らないときには流行らない。
それは、ワクチンの使用と全く関係がないというデータもありました。


シュウトメちゃんが今回の副作用に懲りたら、来年はやめるかも。
                         
                                  
        

「この家は苦労して建てた家だから、床をはぐのは嫌だ」とシュウトメちゃん

category - 日記
2013/ 11/ 21
                 
いつものように長い日記です。
短かったら読みたいという方、青字だけ読んでも意味は通じます。
みんないつかは年を取るので、よかったら青字だけでも読んでみてください。

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昨日はシュウトメちゃんの予防接種と診察が早く終わったので、
その後、眼科の診療所に行くことが出来ました。

体が不自由だと、家から出るまでがひと苦労なので、
私が仕事の休みの日に、ついでに行けることは、
シュウトメちゃんにとっても、また別の日に出直すのに比べ、
体の負担が軽いのです。

最近、麻痺がある方の左側の目が充血していて、
時折ぴくぴくと目の下が動くのが気になっていました。

寒さと乾燥のせいですね、今の時期多いです、との話でした。
麻痺があるので、きちんと目が閉じないので,
ドライアイ用の目薬と軟膏と飲み薬がずっと出ているのですが、
それでも防ぎきれない寒さと乾燥があるというわけね・・・。

目の下がぴくぴくしたら、蒸しタオルなど当てるといいらしい。
他には異常ないとのことでとりあえず安心。

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眼科の診察を受けたシュウトメちゃんは、
12月3日から入所することにする、と言いました。


古い家は寒いから、目の下がピクピクしてたのか、と言って。
ポータブルトイレはエアコンの聞かない廊下にあるし、
引き戸だらけだから、きちんと閉めてないと隙間風が寒いです。

入所の間に、部屋の床を工事しておきたいですか?と
シュウトメちゃんに聞きました。


今、2部屋あるうちの1部屋が物置部屋に化していて、
もう人部屋も2つのタンスと電動ベッドと電動椅子、
薬入れのチェストなどでいっぱいで動く余地が少ないのです。
物置部屋の大部分は服なのですが、着ないものが半分以上なので、
それを処分して、2部屋を1部屋にして、
ポータブルトイレの置き場所になっている廊下も、
シュウトメちゃんの部屋に含めてフローリングにすれば、
けっこう広くなりますし、使い勝手もいいはず。
これは臭いが問題なんだけどね。
でもトイレを車椅子で入れるトイレに改造すれば、
ポータブルトイレを使うのは、ごく限られた時だけになる・・・。

疲れたときは車椅子で部屋の中も移動できるし、
月400円で借りられる平行棒を部屋に借りれば、
エアコンのきいた部屋で歩行訓練もできます。

部屋の物を少し処分して空間を作らなければいけないけれど、
施設から帰ってきたとき、快適じゃないかなと思います



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しかし、シュウトメちゃんは「もったいないからしない」そうです。
お金のことだと当然考えて、「いくらかかるか、見積もりだけ出してもらおうか」と言うと、
「この家は苦労して建てた家だから、床をはぐのは嫌だ」
そんなことを言い出したのでびっくり。???


シュウトメちゃんの「苦労して建てた家」への執着はすごく強いです。
オットが30代後半で、家を建て直したがった時、
苦労して建てた家を壊すなら、わしを殺せ!って騒いで
大喧嘩をくりかえしていたっけ。
話し合いにはならず、オットが折れました。
ああいう人だとは思っていたがと、怒ってたっけ。

でもその後、私たちのお金で介護リフォームをたくさんしてきたけれど、
一言も床をはぐのは嫌だは言わなかったですよ。

自分のお金でやりましょうねと、ケアマネさんに言われたら
床をはぐのは嫌だからリフォームはしないって言うの?


去年も、洗面所を、段差のないものにした時に床をはぎました。
お風呂場だけのリフォーム予定だったのが、予算超過になったけど、
洗面所の中央に段差があったので、確かに
シュウトメちゃんが転ぶ可能性があるということで、
当然、洗面所の床もはいだけど、喜んでたよね?
苦労して作った家の床をはぐな!なんて一言も言わなかったのに。

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その辺の矛盾を自分でわかってないな~と思って、
イヤミにならないように、言いました。

「今までだって床をはいで直してきましたよ、
でも、それで、便利になってきたんじゃないですか?
家はね、暮らしいいな~と喜んで使ってもらうのがいいんですよ。
この家は暮らしいいな~、ありがとう、って、
家に言ってあげるのが、家と人とのいい関係ですよ。
お金を使って(←わざと言った)手を入れて、使いやすくしたら、
もったいないどころか、家を生かすことになると思いますよ。」


私の言葉がシュウトメちゃんの脳内で、
どんな変換をされたのか、定かじゃないのですが、
「電動ベッドを返そうか」と言い出しました。「どうして?」
「わしのもと使っていたベッドの方が小さいから」
「部屋が広くなるほどの差じゃないですよ。」
「いや、レンタル代もかかるし」

電動ベッドでないと起きられないと言い出して借りたのに、
ベッドの枕周辺を物置場にしちゃったので、
基本、電動を使わないで起きてるんですよ。
起き方をしくじると、身動き取れなくなって呼ぶんです。
起こすのは腰に響きますから、電動で起きて~!って言ったし、
ベッドに引っ掛ける小物入れも買ってきてあげたけど、ダメ。

「そうやってお金を浮かして、何を買いたいんですか?」
「ん?」意味がわからないシュウトメちゃんにもう1度言うと、
「何がって・・・車椅子でも買おうか」
「・・・車椅子は今でも買えるしレンタルもありますよ。
でもどこで使うんですか?この部屋じゃ使えないでしょう?」
「どこで使うかって・・・そこまで考えてないけど・・・」


これ以上話しても、混乱させるだけみたいなので、やめました。

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多分、自分のお金で部屋をリフォームするのはお金が勿体ないのと
使わないにしても、物は捨てたくないのが理由でしょう。
引き換えに手に入るのが、過ごしやすい部屋だとしても。
手に入るのはどちらかだし、選択はシュウトメちゃんの自由ですね。



夏と冬に入所するのなら、家にいる期間も短いし、
それで勿体ないと言ってるのかもしれません。

銀行に預けてあるお金が減るのが、どうしてそんなに怖いんだろう。
上の義姉が離婚してから10年、かなりお金を渡してきたのだけれど、
もらって当たり前、少ないと怒るから、もうやめたと言っているし、
年金は振り込まれるので、とりあえず困ることはないし、
病気をしても、老人+障害者ということで、医療費自己負担ゼロだし、
天涯孤独でもないので、万一困っても私たちが何とかするし、
それがわかっていても、お金が減ると不安っていうのは、何だろう?
すっからかんになるわけじゃないのに。

お金に苦労してきた人生なので、本能的に怖いのかな。

昔の農家の長男ってね、男きょうだいに家を建てる土地をあげるだけでなく、
家の借金まで肩代わりしたんだそうですよ。


幸い、女きょうだいが多く、弟の家だけで済みましたけど、
2件分の新築の費用と、自分の古い家を壊す費用、
これが全部舅とシュウトメちゃんの肩に乗っかったのでした。
大舅の仕事じゃないの?と思うでしょう?
事故で大舅が若くして亡くなったので、舅の仕事になったんです。

苦労して家を建てたって、シュウトメちゃんが繰り返しますが、
これは、本当に大変だったと思います。


家だけじゃなくて、自分のきょうだいに子供が生まれたら、
実家からということで、子供の年にあわせて、
贈らなくてはいけないものがたくさんありました。
冠婚葬祭も多く、お金に苦労してきたシュウトメちゃん。

リフォームのお金はそっちで払えと言わないのは進化してるし、
物は捨てないで、押入にでも保管しろとも言わないのも進化。
苦労した家の床をはぐなんて、という言葉が出てきたのも、
進化して封印できた2つの言葉を言わないで、
何だか最もな理由を言いたいという気持ちから出たものでしょう。


昔はこういうやりとりで、結局、「お金は私たちが払います」って
言ってきたんですけど・・・。

実は私の中には二つの心があります。

今までお金に苦労してきたんだから、リフォーム代はこちらで持って、
暮らしやすい家にしましょうよ、と言ってあげたい。
物も捨てたくなければ、物入れに積み上げておきましょうねとでも言って。

一番円満解決しそうです。

でも、そうやって甘やかさないで、自分の人生と向き合ってもらって、
自分の選択で自分の暮らしを選ぶ生き方に、
シフトしていっていただこうという気持ちも強いです。


私たちにだって、私たちの老後の資金が必要だし、
30年近く生活費も1円ももらわずに養ってきて、
介護リフォームも繰り返し全額負担してきたのだからもう充分、
それが当たり前だという認識を捨てて、
自分の決断、自分のお金でやれることは、やっていって欲しい。

ずっとそういう思いは抱いてきましたが、無理だと思ってました。
でも、そうするのが当たり前ですよと、ケアマネさんが
シュウトメちゃんに諭してくれたので・・・。

とりあえず、今、困っていませんので、成り行きに任せます。



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とりあえず、12月3日から入所することを自分で決定してくれました。
3月初旬まで、私は冬休み+春休みだよ~。