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2013年09月26日

        

千の風にのって

category - 日記
2013/ 09/ 26
                 
私の両親にはお墓がありません。

父が亡くなったとき、家から近い墓地には空きがなくて、
母は遠くにお墓を持つよりは、待つことを選びました。

母は車の運転が出来ませんでしたので、
自分が自転車で行ける場所にお墓が欲しかったのです。

待っている間に、自分が末期がん宣告を受けてしまいました。
私もよく知っている母のお友達が強く勧めたこともあり、
父は、お寺の合同のお墓に入れていただくことになりました。

「普通のお墓は管理が必要で、私が死んだ後、koalaが困るからね。
私が死んだら同じようにしてくれればいいから。」

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実家から車で10分ほどのお寺の納骨堂に、両親のお骨が納めてあります。
このお寺で、春と秋のお彼岸に法要があります。
本来のお彼岸は、お寺さんは忙しいので、
少しだけずれて、この秋も、今日が納骨堂法要の日でした。

朝10時からで、お昼もそこでいただき、午後にも続きがあります。
熱心なお寺さんで、お坊様のお話が長いのです。
私はここのところ、午前だけの参加にさせていただいています。
午後のお話を聞く代わりに、空き家になった実家に寄って、
簡単な掃除とお線香と読経と草取りなどして帰ってきます。

朝の読経の後のお話で「千の風になって」の生まれた経緯を聞きました。
新井満さんが英語版を訳したのは知っていましたが、友人を励ますためだったのですね。

奥さんを亡くした友人が、深く落ち込んでいました。
慰めてあげたいと心から願っても、悲しみはあまりにも深かったのでした。
そんな時、英語版の歌詞に出会い、その詩に感動した新井さんは、
日本語に訳し、曲をつけて歌い、友人に贈ったと聞きました。



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改めて今、「千の風にのって」の曲を聞くと、
元々は仏教圏の方の詩ではないですけれど、
私には「色即是空」の歌詞に聞こえました。

色はこの世の、目に見えるものの世界、
空はあの世の、目に見えない世界であるけれども、
2つは実は繋がっていて、形を変えているだけ、と思えます。
キリスト教圏では、「空」は神の愛の世界と言えるのかもしれません。


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懐かしいので、書き出してみました。
一時はそこらじゅうで流れていましたね、この曲は。

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

あの大きな空を
吹きわたっています


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この曲に相応しく、今日の青空は雲のない真っ青な空で、
爽やかな、やや強い風が吹き抜けていました。

実家でしばらく過ごした後、近くのデンパークに寄りました。
母と何度行ったかわからないくらい行ったテーマパークです。
歩くのが体にいいというので、年間会員になって、よく歩きました。

お寺の納骨堂法要を半日サボって、ほっつき歩いている娘を
両親は風になって、仕方ないヤツだなぁと苦笑して、
でも微笑ましく見ていてくれるような気がしました。
            
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