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2013年08月05日

        

花が咲くのは誰のためか

category - 日記
2013/ 08/ 05
                 
百花春至為誰開

ひゃっかはるいたってたがためにかひらく

そのままの意味です。(笑)
春になってたくさんの花が咲くのは誰のためか。
誰のためでもないですよね。

きれいだと褒められるためでもなく、
頑張って咲いたねと認めてもらうためでもありません。

こんな話が紹介されていました。

 ある日、浅草のある幼稚園の前を通りかかった時、
園舎の片すみにあるごみ捨て場に、園児(女児)が一人、
枯れかかった花を持って、走ってきました。

で、何気なく見ていますと、その子は大きな声で、
「花さん、どうもありがとう」と言って、ポイと捨てました。
その行為に、ハッと胸をつかれた私は、その子を呼びとめて尋ねてみました。
「いつもそういって、お花を捨てるの?」

するとその子は、首を大きく、こっくりすると、こう言ったのです。
「そうよ、お母さんはいつも、そうしてるのよ。
だって花はきれいに咲いて、みんなを嬉しくさせてくれたんだもの。
だからお礼を言って捨てるの」
(総持寺出版部発行『心をたがやす』参照)


素敵なお母さんとお嬢さんですね。

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花は誰のためにでもなく咲く。
それだけの話ですが、人間だったら?と思うと、
自分と花との違いを考えるのも意味深いです。

花は誰かに認めて欲しいとは思いません。
誰かにけなされたとしても、気にとめません。
雨が降らなくても、文句もいいません。
大雨で茎が倒れてしまっても、嘆くこともありません。
切り花にされて、花瓶に移されても、そこで咲き、
時期が来れば、運命を嘆くこともなく枯れていきます。

いいなぁ、こういうの。

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気持ちいい連想なので、もっと続けてみます。(笑)

花は朝顔として咲いたら、ヒマワリが良かったなんて言いません。
朝顔であるまま、咲いて、しぼんで、消えて生きます。

あぜ道に咲いたタンポポだったから、走ってきた子供に踏まれた、
立派な薔薇園の薔薇だったらよかったと嘆いたりもしません。

いけばなの展覧会のメインの花として脚光を浴び、
多くの人が感動したので、いい一生だったとも言いません。

花屋に並べられ、買い手がなくて捨てられても、
意味のない一生だったとも言いません。

咲く時が来たら咲き、散る時が来たら散ります。


いいなぁ、こういうの。

皆さんも何か文章を作ってみませんか?
どんな文章が思い浮かびますか?

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私の人生にも、いろんな花が咲いてきたし、
これからも咲いてくるでしょう。

朝顔の種を撒く生きかたをしたら朝顔が、
ヒマワリの種を撒く生きかたをしたらヒマワリが。

全てに仏の計らいがあり、
魂の成長のための発見があるってすごくない?

今の状況に生かされていることがそのまま仏の計らい。

(仏教に対する知識もないのですが、
最近読んでいる禅のサイトの言葉なので、仏にしました。
仏が神に変わっても、宇宙に変わっても、
私の中では意味が一緒なので、特に宗教的発言ではありません。)

今日も私を生かせていただいてありがとうございます。

シュウトメちゃんがいない開放感が言わせてるのかもしれませんが。(爆)

さて、今日も元気に仕事に行ってきます。
いいエネルギーを出してる産直のおばちゃんでいたいと思います。
そんなこと、誰も気にもとめなくても、
咲いている間は、いいエネルギーを出しているお花を見習って。(笑)
            
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