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2013年08月02日

        

もっと立派で、もっと役に立って、もっと人に好かれて・・・?

category - 日記
2013/ 08/ 02
                 
私が悲しんだとしても、自分をダメだと思ったとしても、
無駄な経験ではなかった気もするんです。
いろんなかせを自分にはめて、似合わないレッテルを自分に貼って、
それが間違っていた!と思う経験も、なかなか味わい深い気も。

昨日の日記で、幼い頃傷ついた話ですけど、
心配してくださった方もあって、お騒がせしました。

実は、全然たいしたことのない話だったので、
小さな頃、親との関係で悲しかったことを聞かれても、
そんなにピンとこなかったんです。

でも、思い返すと出てきました。
Shioちゃんが私の話を聞いて、とても深い悲しみを感じた話は、
え?こんなので?と思うような話。

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母のすぐ上の姉が亡くなったことがありました。
その叔母は、私の大好きだった叔母で、
小学校4年の時に亡くなったのですが、
私は時々自転車で、一人で会いに行ってました。
叔母が猫を飼っていたのも、大きな理由でしたけど。

叔母が亡くなって、叔母の家に駆けつけるとき、
私と弟は学校に行っていました。
お隣の家のおばさんに、私たちのことを頼んで。
「お母さんは、ちょっと用事があるからね、
おばさんちで待っていようね」と言われました。

その夜、姉を亡くして淋しかった母は、
弟を抱っこして寝たそうです。
私は何も知らないで一人で寝ていましたが、
弟が翌日、私に自慢したんですよ。
「おかあちゃんは夕べ、僕を抱っこして泣いてたよ。
僕はずっと一緒に寝てたんだよ」

私は子供でしたが、名誉にかけて?平気な顔をしました。
でも、ショックでした。
母が求めたのは私でなく弟だったという事実が悲しかったです。

父は男尊女卑の昭和一桁オトコでしたし、弟はとても利発だったので、
弟の方が大事で誇らしいのを隠しませんでした。
でも母は違うと思っていたのに、という気持ちもありました。

そうじゃなかったんだ。
母は私に悪いから隠してただけで、
弟の方が可愛かったんだ。

子供の私はそう感じて、ただ悲しかったです。
でも、そのことで大泣きしたとか、そんなことはなかったし、
いつまでも傷ついていたという記憶もないのです。
基本的には、私は普通に可愛がられた子供だったと思います。

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こんなの、決定的な話には思えないですよね?
他にも同じレベルの話がありましたが、
Shioちゃんの目には、この話に一番、私が悲しさを出したらしいです。

Shioちゃんに言われたのですが、子供にとって、
親の愛を受けているかどうかは、最重要のこと。
愛されていないと感じると、責任は自分にある、
自分に欠けたところがあるせいだ、このままの自分ではダメなんだ、
そう思ってしまうことがよくあるとのこと。

そりゃそうよね。

でも、この話は私にとっては、解決済みのはずの話でした。
辛い時に抱っこしたいのは、小さな子だろうなと思いました。

私は生意気な子だったし、思ったことをすぐ口や態度に出しますが、
弟は姉を見て学習しているので、可愛がられる術を知っていました。
母は私がそのことを弟から聞いたことも知りません。

弟が自慢に思って話すなどと想像もしていなかったでしょう。
姉が死んでしまって悲しかった母を思うと、可哀想でした。


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この一件で、自分が「私はダメ」と思いこんだとは、
さすがに私にも思えません。
たくさんのことがあったのでしょうね。
父親にはけっこうきつい言葉も言われましたし。

大人になった私は、両親が未熟だったことを理解しました。
親になった時の自分が、そんなに大人じゃなかったので
更にその理解は深まりました。(苦笑)
そうか、親ってこの程度だったのかも、と思いました。

その理解があれば、こんなエピソードで悲しむ気持ちなど
克服できたと感じても不思議じゃないでしょう?
でもね、私はこのエピソードを思い出したとき、
私じゃダメだったの?弟なの?と思ったあの時の気持ちを
少しだけ再体験しましたよ。
リアルに思い出せれば、その場で浄化できたのかもね。
でも、再体験は、大した悲しみじゃなかったの。

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1年と1ヶ月前に、大阪で友人とマインドフルネスセラピーを受けた時、
私は既に克服したと思っていた長男を病気で産んだ罪悪感が、
どっと溢れてきて、大泣きしました。
大昔に克服したと思った悲しみは、実はずっと胸の奥にあって
その時にやっと克服できたのでした。

幼い頃の悲しみなどは、もっと大昔に克服したと思っていました。
でも、そうじゃなかったのね~。
両親に愛されていたという実感もあるし、感謝しているのに、
それとは別の問題みたいです。

でもね、考えてみて。
これしきのエピソードで、子供って自分がダメって思っちゃう。
たいていの日本人は、自分がダメって心の奥で思ってるかも。

もっと立派で、もっと役に立って、もっと人に好かれて、
もっときれいになって、もっと稼いで・・・

人によって「もっと」の後に続く言葉が違うけれど、
「自分はもっと~だったら価値がある」と思う?
今のままで充分価値があるんじゃない?

自分は今のままではダメって誤解している人が多いのかも。

鬱病や自殺が多くても不思議じゃないかも。
自分が心の底では実は嫌い、という人が多いかも。

自分はそうかも、と思ったら・・・
それは誤解から来てるんじゃないですか?
ダメなままではとんでもないことになる、と煽る思考が
自分の中にあることで消耗しちゃうのは、
エネルギーの損失、もったいないです。

これは、努力の放棄なんかじゃないですよ。
自分の本質に従って、感謝に満ちて生きるために
エネルギーのダダ漏れを無くしましょうかと言ってるだけ。


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昨日も今日も怪しくクソ長い日記になりました。
ご拝読くださった数少ない皆さん、ありがとう。
皆さんは思い当たらなかった?
思い当たったとしたら・・・全部誤解なんじゃないですか?

人は心に仏を持っている素敵な存在です。
            
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