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2013年07月26日

        

いつも悠然として、しかも颯々と歩く

category - 日記
2013/ 07/ 26
                 
昨日の夜は一時的に大雨が降りました。

シュウトメちゃんから「ハンドクリームが欲しい。
家に置いて来た青いクッションが欲しい」と言われたので、
昨日は仕事から帰り、食事の仕度をしてから、
青いクッションを持って家を出て、ハンドクリームを買い、
シュウトメちゃんの施設に行きました。

大急ぎで行ったので、まだ7時半を少しまわったくらいでしたが、
施設はまるで夜中みたいにシ~ンと静まり返っていました。
呆けたおばあちゃんが嘆くような歌うような声を出していたけど。

シュウトメちゃんは元気で機嫌もよくて、施設の生活が
うまくいっているんだなと嬉しくなりました。

帰りにガソリンランプがついちゃった!
入れなきゃと思いつつ放置した結果です。
普段使わないガソリンスタンド(セルフ)に入ったら、
知ってる店とシステムが違うみたいでした。
えっと・・と立ち止まってしまったら、すぐ店員さんが来ました。
困っていそうな客の所に飛んでいくのはサービス業の基本。
バイトの学生さんみたいで、ちょっとタメ口ではありましたが、
感じのいい若い子でありました。

ちょうどゴロゴロと雷が少し遠くで鳴っていました。
「今、名古屋で冠水するくらい大雨が降ってます。
さっき電話で聞いたばかりの話。
こっちにも来ますよ。早く帰ったほうがいいです」
バイトの子が教えてくれた情報にびっくり。
「そうなの?冠水するくらいの大雨?
ありがとう。すぐ帰るわね」
バイトの子はにこっと笑ってお辞儀して去っていきました。

ゲリラ豪雨が来るのかな。
あれがくるとワイパー効かないし、危ないよね。
ありがとう、いい情報くれて。
でも、電話でのホットな情報ってことは仕事中に友達と電話?(笑)

帰宅直前に大粒の雨が降り出し、その後、台風みたいな雨が。
それほど長時間でなかったので、よかったです。
家族はそれぞれ大雨の後に帰ってきました。

ちょっとした出来事でしたが、店員さん、ありがとう。
こころがほんわかしました。バイト、頑張ってね。

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昨日ご紹介した禅のHPが面白いです。青字は引用部分。

―忙と閑の調和する世界

―雲は嶺頭に在って閑不徹、水は澗下を流れて太忙生―(『雪竇語録』三)

高い山の頂きにポッカリとひとひらの雲が浮かんでいる。
渓谷に眼をやるとさらさらと忙しそうに急流が音を立てて流れている。
なんという緩と急の取り合わせであろう。
人間もこのように多忙と有閑が調和した生活をすべきであろう。


私が禅の専門道場で最初に習ったことは、「緩急宜しく節を得べし」という
禅堂生活の心構えであった。

まず、草履を履いて堂内を歩くことから厳しい注意を受けた。
草履を引きずってバタバタと歩くことはもちろん禁物である。

だからと言って草履の音を立てないようにゆっくり気をつけて歩けば、
「盗人のような格好で歩くんじゃない」と怒鳴られた。

悠然として、しかも颯々と歩くようになるまで三カ月ぐらいはかかっただろうか。

歩くときばかりではない。
箸の上げ下ろしから入浴のマナーにいたるまで、生活の全般にわたって、
緩と急の調和は雲水生活の基本であった。

「把住と放行」も同じこと、「把住」は物をグッと握り締めることであり、
いわば緊張の一面である。

反対に「放行」はその手をパッと拡げて物を手放すことで、
開放の一面である。この二面をいかに機敏に使い分けるかが、
一般の家庭生活においても大切であろう。

たとえば家庭生活において、お金の無駄使いは禁物である。
収入のことを考えずに贅沢ばかりしていると、直ぐに財布が底をついてしまう。
いくらお金があっても、平素はできるだけ質素でなければならない。

またいくら貧しくても、ここ一番というときお金を出し惜しんでは、
お金を使う値打ちがなくなってしまう。
私の養母は平素ずいぶんと始末屋であったが、
修学旅行の時などは、学校で決められた限度を、
遙かに超えるお金を持たせてくれた。
そして「残ったら返しなさい」と言うのを忘れなかった。


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歩き方一つをとっても、修行なのですねぇ。

草履を引きずってバタバタと歩くことはもちろん禁物。

この歩き方をする時、人は慌てているわけです。
早く早く、とか、遅れちゃいけない、とか。
そういう心のさまが、既に禅の精神から離れていると。

草履の音を立てないようにゆっくり気をつけて歩けば、
「盗人のような格好で歩くんじゃない」と怒鳴られた。


草履の音を立ててバタバタ歩くのは禁物なわけですから、
どうしたって、バタバタ歩いてはいかん!と自分に言い聞かせますよね。
音を立てない!バタバタしない!と頭の中で自分の声がリフレインしそう。
しかし、それは「盗人のようだ」と怒鳴られるわけです。
心の中は、失敗しちゃいけない!という怖れと緊張。
それもまた、禅の精神から離れているのでしょう。

悠然として、しかも颯々と歩くようになるまで三カ月ぐらいはかかっただろうか。

私は生まれてから1度も、そんな素晴らしい歩き方をしたことがない気がします。

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早く早く、などと慌てない。
急げ!間に合わないかも!などという慌ただしいがさつな想念で生きない。
失敗したら大変!などと縮こまらない。

あ、きっと嬉しくてスキップしてもダメよね。(笑)
スキップする禅僧なんて想像できません。
ウキウキと浮かれるのも禅的じゃないです。

いつも悠然として、しかも颯々と歩くということは、
心の乱れもないのだろうなぁ。

凡人のおばちゃん代表のようなワタクシですが、
とても憧れる歩き方であり、生きかたです。
せめて心の中でいつも悠然として、しかも颯々と歩く
つぶやいてみようと思います。

リアルな私を知っている方、私がバタバタと慌ただしく歩いても、
相変わらずがさつだな~と思わないでね。
心の奥では時々いつも悠然として、しかも颯々と歩く
つぶやいているので、
10年後には結果が出てるかも。
僧侶じゃないから3ヶ月は無理。

10年後には足が弱ってヨタヨタしてるからバタバタ出来ないだけかも・・・。
            
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