FC2ブログ
2013/07/21

2013年07月21日

        

私の心の中の怒りについて

category - 日記
2013/ 07/ 21
                 
本文の前に。
皆さん、選挙行かれましたか?
これ読んでから、という方はどうぞ先に選挙済ませてくださいね。
エアコンの部屋で椅子に座って根っこが生えちゃうこともあります。
選挙にGO!

--------------------------------

昨日会った友人は臨床心理士としてお仕事している人です。

友人と私は、「心の奥深くに潜んでいるもの」について話しました。
なぜそれは奥深くにいなければならないのか。
脳みそがそれを見たくない、見るのは危険だと言ってるから・・・かな?

オペラ座の怪人が、お前は醜いからマスクをつけろと、
母親に命令されたように、私たち自身が自分に向かって、
お前は醜いから私の一部なんかじゃないと拒否した、あるいは、
こんなに苦しい現実は私の現実じゃないと拒否したのです、きっと。

病理の深い人は、拒否し、押し込めているもののパワーが強いのかもしれません。
私は専門家ではないので、そういう話を語るには適しません。
生きていて特に苦しくないので、私の場合は、多分それほど
多くのエネルギーを、拒否することに費やしていないんだろうと思います。

以前、氷室奈美さんに書いていただいた絵があります。




この赤い部分は私の怒りだと氷室さんに言われました。

私は結婚してから、嫁としてかなりひどい目にあってきましたし、
長男が病気で生まれ、辛い経験を重ねているのを見守ってきたので、
怒りは強く持っていたのですが、経験を重ねて学ぶうちに、
その怒りは溶けて消えたと思っていました。

「その赤い色、私はもういらないのよね。
でも、何に自分が怒っているのかわからないから溶けて消えない。」
そう言うと、友人は言いました。
「何に怒っているかわかったら消えるっていうものでもないんだよ」

「え~、そうなの?わかればいいのかと思ってた。」
「苦しみの正体を見つめて、そこにとどまるのが大事」
「そんなとこに留まったらすごく苦しいでしょう?
留まったらそれが消えていくの?」
「すごく苦しいし、それで消えるということでもないんだけど、
留まって、苦しみの正体を見つめていると、変化していくの」
「・・・変化していくんだね。」

--------------------------------

氷室さんが書いてくださった絵の赤い部分に、私が感じたのは、
私が怒っているのを知ってちょうだい、と訴えるエネルギーでした。
長い間、「私の感情なんか大事じゃない、私は我慢強い、頑張れる」と
歯を食いしばって生きてきた過去があり、その時にないがしろにした
私の行き場を失った感情の色のように思っていました。

今、その頃よりはうんと楽に生きられるようになって、
随分意識が変わっています。

私の感情を大事にしてあげれば良かった
自分に否定された私自身は可哀想だった
もう、我慢することが第一だなんて思わなくていい
こんなことしたくないから頑張りたくないと思ったらそうすればいい
でも、やっぱり我慢して頑張ってしまう自分がいるけど、
それはそれでまあいいじゃない?

そこまで自分を責めないヒトになってきたけれど、
まだ赤茶色の怒りのエネルギーは内部で燃えているらしい。
そして、怒りの内容を理解しても、それでも溶けるとは限らないのね。
そうなんだ。知らなかったなぁ。

--------------------------------

友人と別れてから、つらつらと考えたことを書きます。
ちなみに彼女は前世ががどうのこうのと語るヒトではありません。

--------------------------------

怒りの正体を知るって、難しそう。
最近の私は、実はとても怒らないヒトなんですよ。
否定される言動を受けると、気分悪いな、と思いますが、
でも否定して来た人も、自分の人生観の中でやってるんだし
それはその人の自由だしなどと思うと、怒りが引っ込みます。

例えば職場でジャイアンが言いがかりを言ってきても、
以前はかなりムッとしたんですが、彼女が私を否定すればするほど、
ジャイアン自身が否定されることをとても恐れていることがわかってしまい、
koalaさんはダメだと必死で言うことで、
自分はダメじゃないと確認しないと安心できないのだと思います。

ジャイアンの言うことにもたまには一理あるので、
みんなが悪く言うほど悪いヒトじゃないとも思って、
私なりにジャイアンに敬意を払う部分もあり、怒りは収まるのです。
時々めちゃくちゃな言動をするので、面倒くさいのはありますが。

私の怒りの正体って何だろう。

運命に対する怒りだったかもしれませんが、
最近は、人生は一寸先は闇でどんどん変化していき、
決して安心なレールを敷くことは出来ない、
その当たり前の事実に対する怒りのような気がしています。
不安をなくしたいのに、なくならないじゃないかという怒り?
こんな不条理なことが起こってくるのは納得できない、
自分の思うとおりに物事が進んでいかないという怒り?

何だか仏門の教えを乞うほうがいいかもって内容ですね。(笑)

これについては、スピリチュアルな考えを信じてからは、
かなり納得できている私がいます。
逃げと呼ぶ人がいても、全くかまいません。
あのね、前世で何かやらかしたんです。
(ほら、逃げと呼びたくなった?笑)

いい種を撒けば、いい実がなり、悪い種を撒けば、悪い実がなります。
この因果応報を、今生で説明しようとするとかなり無理があります。

何かつらいことが起こってきたとき、どうしてこんな目にと嘆くよりも、
300年前に悪い種を撒いた結果、今生で悪い実がなったのかもしれない、
潔く起こってきたことを受け止めよう、と考えると楽です。

最近の私の感覚では、悪い実とか、いい実の区別もあやふやですが、
いいとか悪いという表現はわかりやすいので使いました。
悪い実=ちょっと大変な苦労を伴う実だけど、今の自分なら乗り越えられ、
そこから学びを得るのにとても適した実、という感覚に翻訳してください。
(面倒くさいブログだよね~。苦笑。)

今を大事にして、今、悪い実を刈り取りながら、
いい種を撒ける自分でいようと思うと楽です。
いい種を撒けなかったらダメということでもなく、
どんな自分でもいい、例えオペラ座の怪人くらい醜くたって、
ずるくたって、情けなくたって、それはそれで愛しいじゃないのと
心の底から思えたとき、怒りは溶けるのかな・・・。
それもよくわかりませんが。

--------------------------------

一寸先は闇でいい、この世は変化していくもの。
不安もこの世に生きる上のスパイスなので楽しみましょう。
うん、そこまでいけたら、素敵ですねえ。

しかし、こんなブログ、誰が最後まで読んでくださるんでしょう?(笑)
実生活でこんな話を長々と語れる相手は実に少ないので、
ブログと言うのはすごいものだと改めて感じています。

こんな話、わけわかんないし、読むに耐えない、と思う人は
スルーしてくださればいいだけ。

ちょっとこれ、わかるよという方が数人いらっしゃれば、
それはとてもすごいこと・・・と思います。

実は、そういう方に出会いたい下心があってブログをやってます。
過去にもそういう方に出会って、深い話を楽しむことが出来て、
私はとても幸せ者なのですよ。
            
スポンサーサイト