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2013年07月01日

        

瞑想会に出ました

category - 日記
2013/ 07/ 01
                 
皆さま、おはようございます。
今朝、瞑想をしてみました。

瞑想の話なので、いつもの怪しい日記のジャンルです。
変なヒト~という感想を持つ方もいれば、
そうでない方もいらっしゃるでしょう。
ピンと来た方とおしゃべりすると絶対に楽しい、
そんな思いで書きます。(笑)

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瞑想って、瞑想会に出るとすごかったんですが、
一人でやってみると、そう劇的なことは起こらなかったので、
それほど意味はないかな、私には、なんて思っていましたが、
それは違う!というのがわかったのでやってみたんです。
朝起きてすぐは主婦は忙しいので、それが終わってからで充分、
トイレでもいいって聞いて、トイレで。(爆)

用を済ませた後、そのまま目を閉じ、
ほんの5分ほど瞑想するだけでもいいって聞いたの。
個室だし、静かだし、いいかも。(笑)

自分の体が足の先から大地の奥につながり、
頭の先から天に引っ張られている感覚が好き。

最初は自分の呼吸の音が聞こえていて、
そうしたら、鳥の声がこんなにも!というくらい
聞こえているのに気が付きました。
体に静かな力がみなぎり、美しい鳥の声に感謝の気持ちが湧き、
朝の5分のトイレ延長(しつこい?)はお勧めですよ。
もちろん、トイレである必要は一切ありません。
私はね、庭でやれたら気持ちいいな!と強く感じました。
鳥の声だけでこんなに気持ちいいんですから、
大地に直接座って、朝の(まだ熱風でない)風を感じたら、
そんな時間から1日が始まったら、きっと最高だと思います。

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実は土曜日に(リトルワールドに行った翌日)
瞑想の会に出席したのです。

今回出席した瞑想会はshionさん主催の会でした。

どんな自分でもいい♪RoomShion☆
愛知・名古屋☆本質顕在化・リーディング・ヒーリング・本質メイク


昨年の別の瞑想会はここで受けました。
地球と愛をつなぐプロジェクト                          
マインドフルネスセラピー&コーチング

感想はこんな感じ。
その1 その2 その3
(長文です。瞑想会というのに出てみようかなと思う方には、
お役に立つかもとリンクを載せました。)



今回の瞑想会は、これとはまた雰囲気が違いましたが、
とても有意義で楽しい気づきの時間でした。
この時、私の中にあった孤独はすっかり癒されちゃいました。

今回、私に最初に浮かんだのは、自分がすっかり疲れて消耗していると
感じていたのですけど、大地も天も私にエネルギーをくれる
私はそれを充分に受け取っていい、私は満たされる、
そういう感覚を味わいました。

溢れ出すエネルギーをどんなに人に与えたとしても、
エネルギーは循環して、また私のところに戻ってきてくれました。
そう、エネルギーを感じるんですよ!
ふわっと、しかし力強く私を包んで駆け巡るエネルギーを。
怪しい宗教みたいですが、目を閉じてイメージするだけです。

自分のおへその奥に、美しく光るエネルギーの珠があって、
そこから惜しみなくエネルギーが出ているのをイメージすると、
皆さんも、素敵な感覚を味わえるかもしれません。
ぜひお試しを。


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今回の瞑想で、最初に飛び込んできたのは、
「みんな本当は大丈夫」という感覚でした。
私は今、自分自身には(訴えられるかもという心配が少々ありましたが)
特に心配の種はないのだけれど、周囲の大事な人たちにはある、
という感覚があったんです。

でも、瞑想していて、な~んだ、みんな本当は自力で大丈夫なんだ。
だったら自分で背負っていって~、私、他にしたいことあるから。
そういう思いが、安堵の笑顔と共に湧いてきました。
その後で、あ、面倒くさいというのも本当だけど、
大事な人と関わって、何かしてあげる経験をしたいのも本当なんだ、
私が望んだんだ、という感覚が湧いてきました。
じゃあ、お世話はほどほどにやっておこう、というのが結論。(笑)

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私は今まで、自分には価値がないので、エネルギーを与えるだけで、
受取るだけの価値などないと思っていたらしいんです。

でも、瞑想会で、参加者の方と向かい合って、自分の胸から
愛を思い切り相手に送るイメージをしたら、
素晴らしいエネルギーが与えられるのを感じたし、
自分も、限りなく与えることが出来て、それが循環して
自分に返ってくるのも感じられて、びっくりしました。

エネルギーを与えることも出来ないなら、
生きている値打ちがない、というほどの自己否定があったみたい。
でもその時私は、素直に受け取り、感謝できました。

こういう自己否定は多分、ほとんどの日本人にあると思います。
犯人は親で、子供に「お前にはがっかりだ」と感じているのを
示す顔を見せるだけで、犯行完了です。
自己否定の種を植えれば、後は子供自身が水を与えて育ててくれるでしょう。

私はかつて、これに参加して、子供に自己否定の種を植えましたし、
その後その過ちに気が付いて、反省のあまり強く自分を否定してきました。
友人のご両親が、子供を否定する力を強く行使して、
結果を友人が背負い、苦しんでいるのを見たことも大きかったです。
子供を否定することをよしとする親御さんを見ると、
心がとてもざわつきました。

そんな時期に、ある人の、子供を否定するやり方がとても嫌だと感じ、
それをはっきり伝えて、その人を烈火のごとく怒らせた過去もあります。
私のしたのは、その方の否定です。
否定なんか必要なかったと、今の私にはわかりますが、
その時には、思いあがって、自分は正義だと思っていました。

でもね、親の否定に苦しんだ友人は、素晴らしい自己分析の努力を続け、
深く高い世界まで、精神的に進化しました。
親が彼女を否定したから生まれた進化です。

自己否定の苦しみを経て、自己否定はいらないと気が付くということが、
他のことにも起こるんですよね。
強い負荷を背負って、それをおろすことの意味を知る、というか。


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私は、育児の中で、子供に自己否定の種を植えたことに気づき、
とてもとても苦しみました。
いくら後悔してもやってしまったことを戻せない、絶望感。

「その時のkoalaさんは、精一杯のことをしたんです。
自己否定の種を植えようと思って悪意でしたんじゃないでしょう?
その時はそれしか出来なかったんです。」
ある人にそう言われて、目が覚めました。
その時、一生懸命になって、それしか出来なかった自分を
ダメ親として責めることからは何も生まれないと思いました。
それは逆に自己否定する親を子供に見せるだけ。
そんな見本は見せたくないと思いました。

記憶をここまでたどって、今回の瞑想で飛んできた、
自己否定の発見が、大丈夫の発見につながりました。
飛んできた、と書きましたが、元々私の中にあったのを
発見してそれが飛んできたように見えたということですが。

親が私に植え付けた自己否定の種を、私は育ててしまったけれど、
子供にも付けをまわしつつ、私はその種を発見できました。
育った自己否定は、成長をもくろむでしょうけれど、
私は大丈夫なんです。
なぜ?という理屈は不要で、大丈夫という感覚がそこにあるだけ。
そして子供を含む、他の人たちも大丈夫だという感覚が、
今回の瞑想会で、最初にどん!と飛んできました。
辛いこと、苦しいことが起きても、大丈夫なんだという思いが。

瞑想から醒めると、脳が理屈で説明できることではないので、
脳は説明できないことは真実なんかじゃないよ~と言いたがりますが、
自分の本質が大丈夫だと言っているんですから、
そっちを信用すればいいんだと思います。

瞑想というのは、自分の本質に帰る経験で、
毎朝、短時間でもそういう時間をとることで、
自分の本質に沿いやすくなるのだという発見があった
この瞑想会、とても素敵で、出席してよかったです。

出席したのは2人。
主催者のshionさんも同席した大阪の女性も素敵な方で、
初めてお会いした気がしなくて、話が盛り上がりました。
何しろ13時半から16時までが、瞑想会の時間でしたが、
よかったらお茶を、と喫茶店に移動して、話に花を咲かせ、
19時閉店のそのお店の閉店時間まで会話を愉しんだほど。

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同席の方は、大阪からいらしてたんです。
「また会えますね?」と笑って手を振ると、
「会えますよ~」と答えてくださいました。
ご縁がある方とは、お会い出来ると思ってます。

最初から最後まで怪しくてすみません。
これは読む方の怪し度テストのブログでございます??
            
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