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2013/02/18

2013年02月

        

シュウトメちゃん、今朝は病院へ

category - 日記
2013/ 02/ 27
                 
昨夜遅く、シュウトメちゃんが言いました。
「明日は病院に連れて行ってくれ」
ああ、こういう日常に戻ってきたんだな、と感じました。
具合が悪いってことなんだろうか?大丈夫か?

「体調が悪いですか?」と聞くと、
「薬がもうないから。」とのお答えで、まずひと安心。
「明日は雨みたいですよ。別の日の方がいいんじゃない?」
「間に合わん。雨か。嫌だなぁ。」

私も嫌ですが、こればっかりはねぇ。
自分の薬の残りが少なくなってきたことは、
わかっているのだから、少し早めに言えばいいのに。
予約とは別に、いきなり前日の夜遅く言ったりするのがシュウトメちゃん流。

以前は「もし私の都合が悪かったらどうするつもりですか?
早めに言わないと、自分が困っちゃいますよ」と
一応言っておくと、脳みそに刻まれるかもしれないという
淡い期待を捨てきれずに、言ったものでした。

そう、これはもう過去形。
シュウトメちゃんの脳みそには、嫁koalaの言葉を、
水のようには沁み込ませない、秘伝の油が塗ってあるらしい。(苦笑)
だから無駄な言葉かけはしないで、はい、と答えました。

実際には、そんなこと、ここ10年くらいを振り返っても、
2回くらいしか起こりませんでした。
そういう時は、信じられない、って顔するんですよね。
でも、どうしても無理な状況で断るわけなのです。
1度は子供を送ってから仕事に行く日だったので無理でしたし、
もう1度は、友人と京都に行くのに、新幹線の時間が決まっていたから。
 
逆に言えば、何とかできる用事だったら、そちらを中止するわけで、
少し迷惑なんですが、そのことを指摘しても、無駄なんです。
3倍くらい言い返してくるので、言うのやめました。(苦笑)

皆無ではないけれど、ほとんど起こらないことなので、
薬の量が少なくなってきた時点で、どのくらいあるか数えて、
いつまでには病院に連れて行って欲しいと嫁に言うなどという、
面倒な心遣いはパス、と決めているらしいです。

でも、実は今回はもし私に用事があったら大変でした。
水曜日しかいらっしゃらない先生の診察・投薬希望だったので、
今朝、もし私の都合が悪かったら、1週間後の受診になり、
お薬が途中でなくなってしまうことになります。
シュウトメちゃんにそういう危機感がないのは、
昔からなので、脳の老化のせいじゃないんですけど、
私としてはシュウトメちゃんの謎のひとつです。

週に1度の診察日なので、いつも予約患者がいっぱいで、
今回のシュウトメちゃんのように、飛び込みの患者は、
予約優先になるため、診察終了は遅くなるのですが、
今日は奇跡的に予約患者さんが少なくて、
先ほど、お迎えコールがあり、連れて帰宅したところです。

私の出勤時間が迫り、お迎えに行けない時は、
タクシーで帰ってくるのですが、我が家は玄関前の道が細く、
タクシーは、家の裏の車庫の前に止まることになります。
その場合、シュウトメちゃんはシルバーカーを押して、
玄関まで歩かなければいけなくて、これは大変なんです。
ゆっくりしか歩けないので、冬は寒く、夏は暑く、
雨の日は、車庫でレインコートを着なくてはいけません。
左半身が不自由なので、傘を差したらシルバーカーが押せません。

出かけに降っていた雨は、帰宅までに止んでいて、
寒い風も吹いていなくて、お天気はシュウトメちゃんの味方。
おまけに診察も投薬も早く終わって、私のお迎えが間に合い、
今日の大仕事は終了、という感じです。
シュウトメちゃんにとって、とてもラッキーでした。

さて、私もシュウトメちゃんと自分のランチを作るところですが、
実は長女のお弁当を作る時、一緒に作っておいたので、
もう、温めて盛り付けるだけなんですよね。
今日のランチのメインは、さわらの醤油麹焼き。
副菜はじゃがいもとはんぺんの煮物。他にサラダ。
立派な老人食みたいでしょう?
長女のお弁当には、これに揚げ物を1品足りました。

醤油麹は、ハイウエイオアシスで買ったものなんですが、
これがかなり美味しいです。
肉を漬け込んで焼いても、魚の天ぷらに載せても、
豆腐に載せても、かなり好みの味。

では今日も頑張って仕事に行ってきます♪
            
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現役ブラック企業社長が、社員を安くこき使う華麗な手口を暴露 、という記事

category - 日記
2013/ 02/ 26
                 
「wikipedia」ではなくて 「yourpedia」というサイトがあり、
そこに、タイトルの記事がありました。
原文はここをクリック

長女の会社がブラック企業ではないかと常々感じているので、
検索してみたら、ひっかかった記事です。
このインタビューが実際のものかどうか確認できませんが、
色々納得する所もありました。

-------------------------------

ここから先は記事の転載です。

給与、勤務時間、休日など労働条件が労働法に違反している、
もしくはその企業が行っている事業そのものがなんらかの法令に
違反しているなど、決して他人に入社を勧められない企業のことを
「ブラック企業」という。そんなブラック企業の実態に迫ってみた。

[編集] 入社して、この会社おかしいと思ったなら?
どのような会社でも、入社前、外からでは、その内情をうかがい知ることはできない。
では、もしブラック企業に入社してしまった場合は、
どうすればいいのだろうか。できるだけ早く、
まっとうな企業に転職するしかないだろう。
決して我慢して長く勤めようと考えてはいけない。

なぜなら、そもそもブラック企業の経営者は、
社員の人生を背負っているという発想がないのだ。
労働の対価である給与もできるだけ安く抑え、
なんだかんだ理由をつけて、踏み倒すことさえ厭わない。

事実、従業員30名程度を擁するあるIT企業経営者のA氏は、
自らをブラック企業経営者と認めたうえで、
「従業員は敵だと思っている。いかに安くこき使い、
文句を言わせず、上手に辞めさせるかだ」と言い切る。
従業員サイドに立ってみれば、こんな企業に長居し、
忠誠を誓ったところで人生を空費するだけだ。

A氏は採用時、労働時間、待遇などに文句を言わず、
黙々と働きそうな「使い勝手のいい人材」のみを採用するという。
A氏に詳しく話を聞いてみた。

[編集] 使い勝手のいい人間を採用して、こき使う
「使い勝手のいい人材」の基準というか、見分け方は?

A氏「人の上に立とうとか、そういう野心がない人間。
人に使われるしか能のない人間だ。学歴はあまり関係ない。
真面目で、人を疑うことを知らず、そこそこ育ちがよくて、
素直に人の言うことを聞く、それでいて責任感が強いかどうかだ。」

御社における社員の待遇は? 給与や、勤務時間、休日などを教えてください。

A氏「給与は月に13万5000円。残業代はない。
勤務時間は一応、朝9時から夕方5時まで。昼休みも1時間ある。
しかし社員はみんな、自発的に朝は8時には会社に来ている。
夜も自発的に終電に乗れるまでは働いている。
泊まり込みも自発的に行ってくれている。
月2回は土曜日も出勤。そうしないと仕事が回らないからね。」

本当に、それだけの勤務時間を要するほどの仕事があるんですか?

A氏「ない。意図的に「仕事のための仕事」をつくって、長時間働かせているだけだ。」

なぜ、そのようなことを?

A氏「長時間働かせ、ピリピリした社内の空気に長く触れさせることで、
余計なことを考えさせないようにするためだ。
今の言葉でいえば「社畜」というのかな。そうすることが目的だな。」

それにしても、条件面ではかなり厳しいですよ。
社員の方は文句を言わないですか?

A氏「文句を言うような人間は採用していない。
文句や不満を言わせないよう、社内の雰囲気を日頃からつくっている。
また最初にガツンとやっているので、社員から不満だの文句だの出ない。」

最初にガツンとやるとは、どういうことをやるのですか?

A氏「仕事でミスがなくても、些細なことで厳しく叱責する。
そしてそれをしばらく続け「このような仕事ぶりでは給与は払えない」と言う。
「お前はこんなにミスが多いが、それでも給料を払ってやってる」と刷り込む。
つまり経営者である私を怖いと思わせることだね。」

ミスは徹底的に責めるというわけですね?

A氏「ミスに限らない。勤務時間中の私用メールや電話、
新聞など読んでいても「私用」としてどやしあげる。
これで社員へのにらみは利く。もっとも、褒めるときには褒める。
「アメとムチの使い分け」も重要だ。」

[編集] 劣悪な環境に慣れさせて、たまに優しくする
このIT企業経営者がいう「アメとムチ」は、劣悪な環境、
雰囲気に慣れさせ、たまに優しくすることで、
社員の喜びをくすぐるというものである。

例えば、この企業では、労働基準法で定められた休暇の取得すら、
一切認めていない。休暇が認められるのは、風邪をひいたなどの病欠時のみだ。
この部分がムチである。

ただし、たまに仕事量が少なくないとき、1000円程度の昼食をおごる、
3000円程度の夕食をおごり、早めに帰す……これがアメだという。
A氏は、「日頃から厳しくしている分、たまにある『アメ』の部分で、
社員は自分が認められていると思い込む。
その心理につけ込むというわけ。これで社員は私の言うことを聞く」という。

引き続き、話を聞いてみよう。

もし社員が、労働基準監督署にでも告発したら?

A氏「そういうことを考えさせないために、仕事を増やし、
拘束時間を長くし、にらみを利かせてプレッシャーをかけている。」

[編集] 社員が定着しないための環境づくり
長くいる社員の方は、やはりその方が定年を迎えるその日まで、
大事にされるおつもりですか?

A氏「それはない。年齢が高くなれば、それだけ給料も上げなければならない。
長くてもせいぜい5年、できれば3年くらいで出て行ってもらいたい。」

誰しも、せっかく就職した会社を3年から5年で退職したいとは思わないでしょう?

A氏「それは居心地がいいところなら、それでもいい。
しかしうちは、まだまだそんな居心地のいい会社にできる余裕もなければ、
するつもりもない。3年から5年で自発的に辞めてもらう。」

皆さん、そのくらいの期間で都合よく辞めてくれるものですか?

A氏「1年目、2年目で、とにかくどやしつける。
ただし、少し仕事を覚えてきたら褒める。
この頃が一番使い勝手がいい。
でも、仕事の振り分けで、うちに長居しても同業他社で
通用しそうなスキルなどは絶対に身につけさせないようにしている。
それに本人が気づいて、休暇も認めていないので、
転職するにはうちを退職するしかないと気づかせるのです。
もちろん自発的に退職するときには、盛大な送別会はする。
それが退職金代わりになるというわけだ。」

古株で、仕事を覚えているような方の場合は、
どうやって辞めさせるのですか?

A氏「仕事の面で無視する。使い勝手がよくなると、
ある程度権限を与えて、新人の指導もさせているが、
些細なきっかけでいいので、新人の前で叱りつけ、
それまでの権限を取り上げる。これで普通は辞めていく。」

起業家として、そうした経営に思うところはありませんか?

A氏「まったくない。今は一人一人が経営者という時代だ。
社会保険料まで、こちらが支払って、その恩恵を受けているのだから、
それで十分だろう。嫌なら自分が経営者になればいい。
企業経営とは、従業員をいかに効率よく働かせるかだ。
もっともそれは社員のためではなく、私の会社のためだ。
そこを履き違えてはいけない。」

                引用はここまで
-------------------------------

長女の会社はここまでではないと思いますが、
休みは極端に少ないし、サービス残業はすごい量。
ハイシーズンの会社滞在時間は、連日15時間、16時間。
今はオフシーズンですが、それでも12時間くらいです。

有給も実際には使えないので、インフルエンザで休んだりしたら、
その分は自分の休みを返上して働いて返すんです。
病み上がりなのに休みを削る長女を見ているのは切ないです。
春に新入社員さんが入るので・・・少しは楽になるのかな。
でも、ずっとここでというのは無理だと思います。
長女もそれは感じていますが、まだ決断してない状態。
不況の今、例えば契約社員でもいいじゃない、と思えないと、
なかなか決断ができないのかもしれません。

ブラック企業は、過酷だから人が入れ替わると思っていたけれど、
そだけでなく、その過酷さはわざと作られた、
「社員が定着しないための環境づくり」でもあったのですね。
「長いと給料が上がるから、長くてもせいぜい5年、
できれば3年くらいで出て行ってもらいたい」という経営者の話は、
とてもリアルな発言に感じました。

「転職するには退職するしかない」というのも本当にその通り。
「嫌なら自分が経営者になればいい」という発言もとてもリアル。
自分が経営者になるという気持ちでやっていれば、
過酷でも勉強になるわけで、社長もかってそういう人だったのかも。
普通の従業員は、経営者を目指しているわけではありません。

休みがほとんどないと、自分の将来のことなどを
ゆっくり考える余裕もなくなって、休みには寝ちゃうのですよね。
あるいは無理しても友達と会っておしゃべりするくらい。
労働基準局に訴えても無駄みたいです。
長女の会社を体調を崩して辞めた人が訴えて、監査が入ったのですが、
結局、何も変わっていませんから。

こんな企業がたくさんの国になっちゃっているんだ、今の日本。
安さを追求した結果ですよね。
                         
                                  
        

シュウトメちゃんのいる日常に戻りました

category - 日記
2013/ 02/ 24
                 
シュウトメちゃんは、昨日かえって来ました。
夕食は和風に、お刺身とお鍋と焼き魚とお漬物。
普段はシュウトメちゃんは自分の部屋で食べています。
オットと私は離れの居間で、長男と長女は母屋の居間で食べます。
帰宅時間もまちまちなので、個食ということになりますね。
昨日は帰ってきたお祝いということで、一緒に食べました。

集団生活は我慢の連続だそうで、辛いことなのだそうです。
でも、励ましあう友達が出来たのでよかったと繰り返しました。
シュウトメちゃんは我儘なので、我が家でもどちみち
「我慢の連続」だと思ってるはずなんですが、
外に出ると、家がいいように感じるんでしょうか。(苦笑)

足りないといけないので、たくさんの服と下着を持って行きました。
それをタンスにしまわないといけませんが、
シュウトメちゃんがそれをするのを待っていたら、
永遠に片付く日はこないと理解しています。(爆)

勝手にタンスに入れると、後で必ず苦情が出るので、
シュウトメちゃんの目の前で、これはここでいいの?と
目で確認してもらいつつ、収納しました。
シュウトメちゃんの部屋は和室2部屋ですが、
ベッドのある部屋にタンスが2つ。
この中に、今の時期に着るものを収納しています。
もう一つの部屋は、衣類で溢れてる物置部屋になってきました。
以前はその1部屋だったのですが、エアコンがないので、
エアコンのある居間をシュウトメちゃんに明け渡したのですが、
あっという間にゴミ部屋に。

ベッドのある部屋のタンス、あけて見ると、夏服もたっぷり。
「これは当分着ないから、隣の部屋に持って行きますね~」と
見せてから、タンスから取り出して、代わりに冬服を収納。
古い木のタンスは、開け閉めがしにくいので、
片手しか使えないシュウトメちゃんには不便なはず。

「新しいタンスに替えないですか?すっと開いて使いいいよ。」
「今は安いのもありますよ。プラスチックでよければかなり安いよ。」
ダメ元で言ってみたけど、やはりお金が勿体ないとの返事。
「仕方ない、私が買ってあげるわ」とは言いません~。
ヘルニアのため、仕事を減らしたし、治療にお金はかかるし、
生活費を1円もくれないシュウトメちゃんに、
あまりお金を払うのは、心を鬼にして止めないと。

「もうこれ、捨てていい?」と着ない服を持って聞いても、
「寝たきりになったら寝巻きにする」とかわけわかんない返事。
・・・寝たきりになったら、もっと着やすいのしか着られないけどね。

今日からシュウトメちゃんのランチも必要なので、
出勤前、すご~く忙しかったです。
さて、気を取り直して、頑張れ私~。

今まで施設にお世話になっていた間、楽をさせてもらったので、
体が楽を覚えてるのだけど、私の体はその前の苦労だって覚えてるから、
きっとその感覚を取り戻してくれるでしょう。

シュウトメちゃんは、今朝は電話をかけまくって、
集団生活は我慢の連続だった、辛かった、
家に帰ってほっとした、という同じ内容の電話を
あちこちにかけて、同じ会話を繰り返しておりました。
いい気なもんだなぁ。(苦笑)
                         
                                  
        

叔母の足は経過良好のよう

category - 日記
2013/ 02/ 22
                 
叔母の糖尿病の診察日でした。

足の痛みはずいぶんよくなってきたようです。
痛みのある日は、痛み止めの軟膏と飲み薬と湿布を使い、
ない日は、何も使わなくても、車椅子からベッドや椅子への
移動が可能なくらいになっているとか。
とりあえずひと安心。

糖尿病の方も、血糖値などの検査の値が落ち着いているので、
通院が大変なので1カ月おきでもかまわないか聞いたところ、
ではそうしましょうと言っていただけて、ありがたかったです。

痛みがよくなったとはいえ、椎間板ヘルニアになった私の介護では、
車から車椅子への移動が難しく、行きも帰りも、
病院のスタッフさんの手をお借りすることになりました。
とても外は寒いし、お忙しいのに、嫌な顔ひとつせず、
叔母にいたわりの言葉をかけて、移動補助してくださって、
本当にありがたく、感謝にたえません。

診察にはそれなりに待ち時間があるのは当然なのですが、
叔母は、脳出血の時に、感情をコントロールするところが切れちゃったのか、
全然呼ばれないと言って怒り出してしまうのですが、
私もこういう叔母にかなり慣れてきて、感情をあまり動かさないで、
対処することができるようになってきました。

怒ったって仕方ないのですが、それを言ってもどうしようもないし、
叔母が怒りたいなら、怒るのは自由だとさえ感じて自分でもびっくり。(笑)

施設に帰って、遅めの昼食の食卓に着くと、
つい先日、足を見ていただいて帰ったときのように、
やはり涙を流して頭を下げている叔母。

先日は、たじろいだのですが、やはり何でも慣れるのですね。
叔母は泣くことで発散したいんだなと思っただけでした。
若い頃からずっと、甘えないで生きてきた叔母は、
施設に慣れて、帰宅するとほっとするんだなと、
たじろぐよりも温かい気持ちにさえなったのでした。
なだめる施設のスタッフさんは大変で、申し訳ないですが、
でも、さすがに扱いに慣れていらっしゃいました。

施設から帰る途中、思いついて、産直に寄りました。
大府市にはげんきの郷という大きな産直があるんです。
産直に勤めてても、別の産直ってやっぱり発見があって楽しいです。
メローの串焼きが売っていたので、メインのおかずに買っちゃった。
長女はメローが大好きなんです。
炭焼きで、甘辛のたれがいっぱいのメローは美味しかったです。




大道芸もやってましたよ。

さて、明日は午前中は接骨院で、4時にはシュウトメちゃんのお迎え。
そう、明日からご帰宅なんですよ~。
今まで羽が伸ばせて、椎間板ヘルニアでも幸せでした。(笑)
                         
                                  
        

鍵が・・・!

category - 日記
2013/ 02/ 21
                 
今日から3連休をとってあります。

今日の予定は、午前はキッチンの掃除、
午後からアロマオイルマッサージ、のはずでした。

しかし、なんと長女が出勤時に、私が家にいるのに、
母屋に鍵をかけて出かけてしまいました。

私はその時、離れにいました。
私の鍵は、母屋のキッチンに置いてあったんです・・・。
離れと車のスペアキーが離れのバッグの中にあったのが、
不幸中の幸いでありました。
とりあえず、離れに鍵をかけて、出かけられます。

お弁当渡して、行ってらっしゃい♪と娘に手を振り、
さあ、お洗濯物を干そうかなと思ったら、鍵がかかっていたのよ~。
風邪でぼ~っとしてたのか?長女よ・・・。
キッチンでなく、離れの掃除をせよとの神のお告げか。(違うと思う)
キッチンの掃除どころではなく、朝使ったものの洗い物も済んでいませんよ~。

離れにある、もう着ない服の処分をしようとは思っていたので、
本当は寄付団体に送るといいんだろうなと思い、調べたものの、
国によって、欲しいものが違い、その選別も必要なので、
エネルギーと時間がない私は、資源ごみ捨て場に行くことにしました。
確か、衣類はウエスとして再生されるんですよ。

けっこう大量に衣類が捨てられることになって、よかったです。
洗濯物は干せないですが。(涙)

母屋のスペアキーは、前に長男が失くした時にあげてしまって、
作らなくちゃと思いつつ、さぼっていたものです。
しかし、まさかこんなことになるとはねぇ。
近いうちに作ってこなくては。

明日は叔母の糖尿病の診察を受けに行きます。
足が変わりなかったら、そちらの診察も受ける予定。

あさっては、午前中は接骨院で、午後はシュウトメちゃんの退所。
オットが休みなので、荷物運びはオットに頼みます。
台車を借りますけどね。

結局オットは1度だけしか、この施設に行っていないのですよ。
親の老いていく姿を見つめるのも子の務め、と私は言うのですが、
うちのオットはそういうの、苦手で避けたい様子。
私の両親はともに72歳で亡くなったので、
私は親の老醜を見ないでいて、偉そうなことは言えないので、
仕方ないな~とため息ついております。


では今から、資源ごみ置き場に出かけてきます。
                         
                                  
        

運命は自分が生まれる前に書いた青写真だと感じてます

category - 日記
2013/ 02/ 20
                 
叔母が立てなくなったことも、自分の椎間板ヘルニアも、
シュウトメちゃんの足が弱っていることも、
いい方向に進むといいなとはもちろん思います。

でも、いいと思えない方向に進んだとしても、
そうだったら生まれる前に了承済みの運命、という
スピリチュアルおたく特有の(?)感覚があるので、
ものすごく心配、という気持ちではありません。

両親がそれぞれ末期がん宣告を受けた時、この気持ちがあったら、
もう少し辛くなかったんじゃないかと思いますが、
それはそれで仕方ない事ですね。
私は、その苦しみを受け入れるつもりがあったのだと思います。



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昨年の9月に大阪で、瞑想セラピーを受けたんです。
途中、病気を背負って生まれた長男のことで、
かわってあげたかった!と私は泣き出し、
そして、突然、わかって、こう言いました。

そうか、大丈夫だったんだ!
あなた(長男)が経験しようと思ったことが起きただけだった!

その後も長男への子育ての反省の言葉が続くのですが、
これも途中で、突然わかるんですよ。

(ふっと気がついて、びっくりして)
可哀想な人なんていないの?!
みんな、自分が経験しようとしたこと経験してるだけ?!

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私は若い頃は、ずっと自分を責めていました。。
長男を病気で産んだのは、妊娠初期に、
心配で嫌だったのに、大姑の介護を姑に命じられてやっていて、
それがおなかの子に悪くかったためだ、私しか守れなかったのにと。
ハンディがある子を育てるのだと気負いすぎ、
子育ても振り返ると、反省すべきことだらけで、
やはり自分を責めるしかできませんでした。

その後、いろいろ有益なアドバイスをしてくださる方に出会い、
自分を責めるのは間違っていたと思うようになっていて、
もう責める気持ちから卒業したと思っていたのですが、
瞑想したら、あっという間に自分を責める気持ちが出てきて、
その後、そうだったんだ!と大きな声で言いはじめました。


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詳しくは↓を。その時の日記です。
 
 
 
(最初、うっかりして楽天ブログのリンクを貼りました。
以前は楽天ブログとヤフーブログは違う内容のブログでした。
こちらは元々は「koala家の食卓」という晩ご飯アップのブログでして、
その後、放射能ブログになった経緯があります。
現在、2つのブログを書く元気がなくなって(笑)、でも、それぞれにネット友ができたので、
同じブログをコピーしてアップしています。
全く同じ内容なので、ややこしくなくすため、ヤフーのリンクに貼りなおしておきました。)
 
料理ブログだった頃はこんな記事⇒ ここをクリック
原発ブログだった頃はこんな記事⇒ ここをクリック

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この時の瞑想の印象が、今も強く残っています。
運命は、自分で経験したくて生まれる前に選んだもの。
瞑想からさめてみれば、時々は「違うんじゃない?」と
疑念が湧くこともあるんですけど、どうも確信があるの。(笑)

自分に関して言えば、運命は多分自分で決めてきたので、
自己責任で(笑)受け入れようかなと思っています。

こんな運命は嫌だと思ったら、選んだ理由を考えて、
その理由を自分の中から消すという裏技も、
使えるケースもありそうと個人的に感じています。

時々怪しくなるkoalaの日記、本日は怪しい日でした。
                         
                                  
        

叔母が立てなくなってしまった・・・

category - 日記
2013/ 02/ 19
                 
昨日は、母の施設から電話がありました。
左足が痛いと言うので、病院に連れて行けないかとのこと。
ちょうど休みの日でよかったです。

施設に行ってみると、想像よりうんと痛いようで、
全く立つ事が出来なくなっていました。
今までは車椅子からベッドやトイレの便座、車の座席などに
移動する時、自力で立てたのですが、それができません。

痛いのは左足のくるぶし周辺です。
右足は、12年ほど前に脳出血で倒れた時の後遺症で、
もともと力が入らなくなっていましたので、
左足が頼りだったのですが、その左足が痛くなったのです。

叔母は体格がなかなか良くて、重いんですが、
その全体重を、介護者が支えないと、移動できません。
椎間板ヘルニアの私には到底無理です。

叔母が可哀想なのはもちろんでしたが、
私に連れて行けるんだろうかと不安でした。

病院に着いて、事情を説明すると、2人も車に来てくださり、
叔母はその人の首につかまって全体重を預け、
やっと車から車椅子の移動が出来ました。
トイレの時も、私では便座に移せないので、
看護婦さんにおばを立たせていただき、
私がズボンを下げるという状態でした。

レントゲンで異常は見られず、骨折も捻挫もしていなかった叔母の足。
とりあえず、痛み止めで様子を見ましょうとのこと。
治らなければ、再診を受けて、精密検査になるんでしょうか。

帰りはまた別のスタッフさんに抱きかかえて車に載せていただき、
痛み止めの湿布と頓服をいただいて、施設に帰りました。

突然立てなくなってしまった叔母は、骨にも異常ないと言われ、
治るんだろうかという不安にかられてしまいました。
無理もないことですが、どうすることも出来ません。

施設に帰り、スタッフさんに抱きかかえられて車椅子に乗り、
「疲れちゃいましたね。お帰りなさい。」と言われた叔母は、
ぼろぼろと涙が出てきてしまいました。

12年ほど前に脳出血で倒れて、突然右半身が麻痺し、
その2年ほど後に、今度は脳梗塞で突然言語障害になり、
更に2年後、右足の付け根を骨折して、杖歩行が更に大変になり、
昨年2月には、左足の付け根を骨折して、車椅子になった叔母。

生涯過ごそうと思った家での1人暮らしが困難になり、
自宅から病院、病院から施設へと場所を変えて落ち着いたのに、
今度は急に全介助状態になってしまいました。

叔母は何度も、突然、不自由になる経験をしてきています。
左足の痛みが、一時的なものであることを祈ることしか出来ません。
                         
                                  
        

福島で甲状腺ガン50倍でも原発事故との関連否定・増え続ける高濃度汚染水を海に放水?

category - 日記
2013/ 02/ 18
                 
原発関連のニュースを2件、載せたいと思います。
いつもそうですが、大騒ぎしていいニュースをマスコミは騒ぎません。
マスコミが騒がないから無関心でもいいとは思えません。
私は無力ですが、せめてブログで情報拡散したいと思います。
原発は非常に危険なものです。
自民党が原発推進を目指しても、国民で阻止したい、
なんとか阻止できないかと思っています。

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武田邦彦氏のブログより転載

原子力と被曝 福島で甲状腺ガン50倍。国は子どもの退避を急げ!


2013年2月14日、福島県健康管理委員会が3人目の甲状腺ガン(いずれも子ども)の発生を報じました。
また7人が「ほぼ甲状腺ガン」と診断されています。男子3名、女子7名です。





甲状腺ガンは18才、40才ぐらいから増えるガンで、女性に多いのが特徴です。
福島では18才以下の子ども18万人の対象のうち、3万8千人が検査していますので、国立がんセンターのデータでは、10万人に0.6人程度なので、3万8千人なら「0.2 人」が平均的ですから、その約50倍に当たります。

通常はお医者さんというのはできるだけ病気にならないように、
注意をされるのが普通ですが、福島の医師団だけは
「病気になる危険を冒せ。病気になってもかまわない」という態度に終始しています。

今回も「被曝による甲状腺ガンは4,5年かかる」と説明していますが、
それは「医学的」に間違いです。
というのは、「平均して患者が増えるのが5年目から」というのと、
早期にガンにかかる子どもがいつからでるかというのは違うからです。





チェルノブイリの患者発生のグラフは上の通りです。
このグラフを見ると1988年4月の事故から4年目から甲状腺ガンの子ども(18才以下)が増えていますがチェルノブイリの近くのウクライナ、ベラルーシに限って言えば、明らかに2年後には増加傾向にあります。

このことは、平均して甲状腺ガンがでるのは4年目からだが、
早期にガンになる子どももいるということを示しています。
すでに3人が手術をしたと報じられていますが、実に可哀想です。

国は直ちに次の事が必要です。

1)高濃度被曝地の子どもを疎開させる(除染は間に合わない)、
2)汚染された食材の出荷を止める、
3)ガンになった子どもを全力で援助する、
4)除染を進める。また親も含めて移動を促進する。
5)「福島にいても大丈夫だ」と言った官吏を罷免し、損害賠償の手続きを取る。

日本の未来を守るために、大至急、予防措置を取ることを求めます。

(平成25年2月14日)


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この件に関して、福島県の県民健康管理調査検討委員会では、
原発事故の影響について否定的見解だそうです


御用学者、山下俊一氏に至っては、「いずれそういう方(癌になった子ども)は
20代、30代、40代で癌が見つかった可能性があります。
それがかなりの前倒しで、検診をやったが為に見つかるという事になりました」
 
「甲状腺がんは潜在癌が多い。多くの甲状腺がんは、長生きをします。
寿命を全うします。」という驚くべき発言で原発事故との関連を否定しています。

これを読んだ方で、本気で「原発事故との関連はない」と断言することに
賛成だと思われる方はいらっしゃいますか?
それを専門家は、調査の上ですらなく、原発事故のせいではないと言うのです。

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別のニュースです。

福島第一原発
増え続ける高濃度汚染水を東京電力が検討「海に放水」について

       「みんな楽しくHappyがいい」より

上の記事を、とても簡単にまとめました。
お時間があれば上のタイトルをクリックして全文を読んでください。
全文は小出裕章ジャーナルの書き出しで、対話になっています。

東京電力が、福島第一原発の大量の高濃度汚染水を、
海に放出する事を検討し始めました。
  

福島第一原子力発電所の敷地の中にタンクを作り、
汚染水を保管するのに、敷地が足りなくなってきたようです。

その汚染水を流されることに、漁師さん達はもちろん反対ですが、
その汚染水で汚れてしまう海域だというのを、
大きな声で世間にさらして反対できません。
漁師さん達も言えない、漁協も言えない。県も言えない。

次々と水を入れ続けるしかない状況では、
それがまたあふれてきてしまう。
いつかやはりどこかに捨てるしかないというところに、
追い込まれてしまっています。
                         
                                  
        

Eikoさんからの「HP押しかけメール便」

category - 日記
2013/ 02/ 16
                 
ネット友Eikoさんから、メールでの日記が届きました。
京都で「あそびま書」展を開いた時のブログは右の☆印をクリック⇒
3日間の個展で、300人近い方が来てくださったとか。
無料で、作品販売もしていないので、完全に趣味の個展です。
前向きな彼女に会いに来るお客様が多かったのでは。

ハンディキャップが色々加速してしまった彼女は、
パソコンでの更新をやめてしまいましたが、そのかわり、
親しい相手にメールで日記を送ってくれるのです。
メールのタイトルはいつも「HP押しかけメール便」

彼女のご両親は「障害児を育てているのではない。
自分の子供を育てているだけ。」ときっぱり言い切るようなお人柄。
経済的な自立を何とか身につけさせるのが大事と考える
養護学校の先生たちには、かなり睨まれたようです。

養護学校の先生たちのおっしゃることも、とてもよくわかります。
日本の障害者は、多分世界レベルで見れば恵まれていますが、
親が亡くなった後の生活費はどうなる?と考えると、
障害年金だけで生きるのは、けっこう難しいでしょう。

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Eikoさんのお母様は、1度だけ「社会の荒波に出さず、
温室の中だけで過ごさせたらダメなんですか」と逆らったとか。
そうしたら養護学校の先生は、「この子のために2千万
(当時の2千万は今では1億?とにかく大金です)貯めてやれますか?」
そうお返事されたとか。

養護学校の先生たちは、自分で自分の生活の面倒が見られることを
第一だと確信していたので、そうおっしゃったのです。
そこには善意と信念がありました。

お母様は、我が子が重いハンディを背負って生まれてきたのなら、
そのハンディを背負いながら人生を楽しむことを、
可愛い娘に、第一に教えたかったので、
更に自分の生活費を自分で稼ぐ義務があるなどという重圧を
娘に与えたくなかったのだと思います。
私の想像ですから、違うのかもしれませんが・・・。

彼女はとても深い愛情を注がれて、でもお姫様のようではなく、
いろんな経験をしてみなさいという厳しさも、
実はかなりのものだったと聞いています。

彼女が2006年にHPに書いたエッセイはこちら⇒

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親って、子供に良かれと思って、いろんな要求をしますよね。
でも、その根底に、今のままのお前じゃダメなんだという
メッセージがあると、子供には自己否定の心が育つでしょう。

自己否定の心が全く育たないような恵まれた子はいないでしょうが、
多くの人は成長して、自分の自己否定に気づきます。
否定しなくていいんだ、人も自分も、と気がつく日がきます。
その条件でがんばって見ようと思ってるんだね、すごいね、
大好きだよと、自分を受け入れるところに幸せがあるのだと、
気がつけたら、ずいぶん肩の荷がおりるでしょう。

Eikoさんが、経済的な自立を第一にという躾を受けたら、
こんなにも大らかな自己肯定感は持ちにくかった気がします。
お母様が養護学校の先生に逆らった信念は、
Eikoさんの場合は、とてもいい方向に実を結んでいると思います。

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でもそれは、経済的な裏づけがあるからでしょう?
そうなんですけれど、Eikoさんはお金持ちのご令嬢ではありません。
これはとても怪しい私の感覚が言うんですけれど、
ちゃんと道は開けていくと信じられる人には、
お金の問題も、ちゃんと道が開けていくんじゃないかと感じてます。
貧乏しないっていう意味じゃないんですけどね。

「HP押しかけメール便」にありましたが、彼女は11日に
ソプラノの森麻季と京都交響楽団によるバレンタインコンサートを
車椅子で堪能してきたそうです。

1人の親として、こんな風に人生を楽しめる子供を育てたら、
自分に花まるをあげたくなる気がします。
その裏に、とんでもない努力の日々があったことは
疑いのないことですが、子供への愛からの努力は出来ちゃうんだろうな。

Eikoさんのお母様、私は娘さんのファンですが、
それよりももっとあなたのファンかもしれません。
                         
                                  
        

今日は接骨院の日でした

category - 日記
2013/ 02/ 15
                 
今日は接骨院の日でした。
診察前に30分以上サウナやお風呂、水風呂などに入るのが原則なので、
サウナで患者同士、けっこうおしゃべりします。

ある方は、ぎっくり腰で来たのが最初の受診とのこと。
ぎっくり腰?
私は2回やっていますが、痛み止めと湿布で
安静にして乗り切るしかない・・・んじゃないの??

私が驚いて聞くと、「それが違ったの。
泣くほど痛かったけど、1回で楽になっちゃった。
実は最初の頃のぎっくり腰では安静にしていて、
何回目かに、ふっと、この接骨院に友人の付き添いで
来たことがあったのを思い出して、それで通い始めたの。
今は別のことで通っているのだけど、病院で手術しかないと言われて、
でもここで相談したら、手術なんかしないほうがいいと言われて、
通っているうちに、手術しなくてよくなったの」

別の方は、私と同じく椎間板ヘルニアで、病院で安静にするように言われ、
痛み止めを飲み、注射(神経ブロック)で痛みを止めてきたけれど、
一生それを続けたくないと思い、いろいろ接骨院を渡り歩き、
ここに行き着いて、ずいぶんよくなったということでした。

遠方から来て、アパートに住んでここに通い、
1ヵ月後に見違えるようになって帰っていった人を見たとか、
そんな話を聞いていると、元気が出ます。

いいといわれる運動を、頑張ってやっていくのが大事なのよねと
これはいつどんな方とお話しても結論になる話です。
「最初、痛くてびっくりして、うめき声が出ちゃいましたよ」
そう私が言うと、「男の人だって、泣いてやってる人がいたわよ。
私もふくらはぎの筋が切れちゃうって騒いだことがあるけど、
切れた人はいません、って返されちゃった」

そういえば、私も初日に、痛い!痛い!と叫んでる女の人を見ました。
その後はそういう人はあまり見ていないですけど、驚きました。
容赦ないんだ・・って、ちょっと恐かったです。
その後、自分が何度も施術を受けて、ちゃんと様子を見ながら、
強さを変えてくれてるのがわかってきましたし。

私、けっこう我慢強いんですけどね、
今日は1回「痛い」って声が出ました。
「痛いですね」というトレーナーの冷静な声がお返事でした。(笑)

痛いし、少しは辛いけど、毎日ヘルニアのための運動をしてます。
今、普通の生活の中で、腰痛はありません。
痛みというレベルから違和感に変わりました。
本当にありがたいです。

施術を受けると、後で、とにかく眠くなるの。
家でヘルニアのための運動をしても特に眠くならないのに。
アロママッサージの後も同様で、とにかく眠くなります。

今日は早めに寝ることにします。
明日は普段はお休みする土曜日ですが、今週は出勤。
土・日と働いて、月曜日がお休み。
さあ、早めに寝て、明日は頑張ってお仕事に励みましょうか。