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2012/11/13
2012/11/13

2012年11月13日

        

滋賀旅行1日目 後半

category - 日記
2012/ 11/ 13
                 
さて、坂本の町でお蕎麦を食べて、比叡山延暦寺に向いました。
想像したとおり、霧が出ていました。
標高の高い山ってこうなりますよね。







延暦寺は3つのエリアに分かれています。
東塔(とうとう)、西塔(さいとう)、横川(よかわ)です。
上の画像は、東塔。
宿泊先は、延暦寺の中にある、延暦寺会館で、東塔にあります。
こういう風景だったし、とても寒いので、東塔を少し歩いたら、
チェックインして、部屋で寛ごうということになりました。

しかし、よかったです!東塔の根本中堂!
伝教大師最澄が延暦寺を開いた場所とのこと。
荘厳で美しい建物です。

堂内撮影不可なので、画像がないのですが、
ここに伺う前に坂本の滋賀院門跡で説明を受けまして、
1200年灯りを絶やしていないという不滅の法灯の話と、
昭和天皇直筆の額の字の話を聞いていてよかったです。

1200年灯りを絶やさなかったというのを聞いた時、
織田信長が焼き討ちしてから、1200年も経ってないのに?!と
不審に思いましたが、延暦寺で修行したお坊さんが、
山形県のお寺に帰る際に、どうしてもここの灯りを持ち帰りたいとのことで、
分灯されていたというのです。
信長焼き討ちのため、根本中堂の法灯の灯は途絶えたのですが、
分灯されていたために、守り続けることが出来たのでした。

法灯に象徴される、絶やさない努力の必要な灯は、
私たち一人一人の心の中にありますね。

また、普通は、堂内に入った時の床の高さが一部屋同じですが、
ここは、参拝者がお参りできる床の向こう、
立ち入り禁止の場所の床がとても深く下がっています。
下は石張りだそうです。

それは、参拝者の座る高さと、ご本尊様とを
同じ高さにするためだそうです。

なぜ煩悩だらけの人間と仏様が同じ高さに?
それは、人間の心に中に、仏様がいらっしゃるからだそうです。
ただ、煩悩が私たちと仏様を遠ざけている。
石張りの低い床が、煩悩の谷を現しているそうです。

ここからはkoalaの感想ですが、煩悩は欲望と言いますが、
その根っこは怖れが大きいのでは?と思いました。

お金がないと困るという怖れが大きいと、お金に執着しますし、
たくさんあっても、お金持ちでなくなることの怖れで執着します。
人に評価されないと怖いと思う気持ちが強いほど、
非難された時にわきあがる怒りは大きくなるでしょう。

美味しいものを食べたい、快適な家に住みたいなどは違うかな?
そうも思いましたが、この気持ち自体が悪いとは思えません。
この気持ち自体が煩悩ではあるでしょうが、
バランスが大事だと思います。
他のたくさんの人が苦しい思いをしても、
自分だけはそうなりたくないからその欲求を貫くとか、
そこまでバランスを欠いた状態が害になる煩悩でしょう。
出家してるわけじゃないから・・・それもダメですか?(笑)

まあ、そんなことをあれこれ考えさせていただくのに、
お寺の中で、焼香の香りが漂い、時々鐘の音が聞こえるのは、
とてもよかったのでありました。

延暦寺会館にチェックイン。
部屋の窓の外は、霧と雨。




根本中堂のライトアップがあるのですが、
雨だし、寒いし(息が白いの)、どうしようかと迷いましたが、
通常1000円なのに、宿泊客は無料ということと(煩悩ですねぇ)
歩いてすぐの場所で、雨も小雨になってういたことから、
出かけてみることにしました。

ライトアップはこんな感じです。ぶれちゃってごめんなさい。


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  • 夜の根本中堂の中は、昼にも増して素敵でした。
    朝のお坊様の勤行にも参加できるということなので、
    明日の朝は早起きして参加しようと思いました。




夕食は精進料理。
境内の中にある旅館なので、全て精進料理なんですが、
なかなか美味しかったですよ。
 
2日目はまた後日アップします。
            
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滋賀旅行1日目 前半

category - 日記
2012/ 11/ 13
                 
当日の天気予報は曇りのち雨。
最初は比叡山延暦寺の門前町、坂本に向いました。
ここは西教寺。
門をくぐるとすぐに、三浦綾子さんの細川ガラシャ夫人の引用が。
好きな小説ですが、歴史に疎いので、ここが舞台の一つだったんだ!と
この時にわかりました。

上記の信長による比叡山焼き討ちで、この西教寺も消失しましたが、
近江国滋賀郡は明智光秀に与えられた関係で、
光秀は、坂本城と地理的にも近かった西教寺との関係が深く、
寺の復興に尽力したそうです。
本堂の横には、光秀の供養塔もありました。


 
 



西教寺の門と、中の石垣と紅葉。

ここ坂本の町は、いたるところに石垣があります。
穴太衆と呼ばれる、石垣造りの優秀な職人さんたちが、
坂本にはたくさんいて、ここ坂本の穴太衆の作る石垣は、
丈夫で崩れにくいと評判だったそうです。




本殿の門の向こうに琵琶湖が見えます。





さて、西教寺から旧竹林院に向う途中で看板があったので、
千体地蔵尊というのを見てきました。
道沿いに並んでおるお地蔵さんたちです。




旧竹林院というのは、元は里坊だった場所です。
延暦寺で過ごすお坊さんたちは、大昔は、
死ぬまで延暦寺で過ごしました。
しかし、山奥の生活は、高齢者にはきつすぎるということで、
高齢になってきたら、坂本の町で余生を過ごすようになりました。
延暦寺は広大な敷地に、多数のお坊さんがいらっしゃるので、
里坊もたくさん必要でした。


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このように美しい庭園の里坊が多いそうです。
晩年を過ごす環境としては素晴らしいですね。




さて、次は日吉大社へ。
ここは広大な場所なので、全部は周らずにさらっと。(笑)


 



入り口近くの紅葉、見事です。
全体的には見頃はもう少し先かな~という感じ。

 


日吉大社の狛犬は、なぜか木製で、建物の中に置かれています。
アップにすると案外可愛い。(笑)
帰宅してから、日吉大社のHPを見ると、こんな回答がありました。

当大社では本殿に向かって右が「獅子」、左が「狛犬」です。
本来、獅子・狛犬は本殿の中の内陣にて神様をお守していました。
時代を経ると本殿の上に置かれ、本殿も守護する意味合いが生れました。
更に時代を経ると、境内全体の守護のため本殿の前、
境内入口などに置かれ、雨ざらしになるため木製から石造りになりました。


次に滋賀院門跡に行きました。
京都でひつじさんに教わったことが役に立ったわ~。
門跡ってあったら、天皇に縁のあることなんですよ~。

さて、下の画像に滋賀院門跡と書いてあります。
入り口ですが、ここから入れるのは皇室関係のみ。
天皇か、そのお使いの人、ということですね。
それ以外の人が入る門はもっと右手にあるんです。




滋賀院門跡は、内部の撮影は禁止です。
私たちが行った時、ちょうど係の方の
説明が始まるところでした。
こちらにあるお宝を、説明付で見ることが出来ました。
1時間も説明付で干渉させていただきました。
興味のある方は、お問い合わせの上お出かけください。




撮影OKの庭園の画像です。
京都も素敵ですが、滋賀もなかなか素晴らしくてお勧めです。




こちらは、出てから壁を撮影しました。
クリーム色の壁に5本の線。
京都御所に行かれた方はピンときたのでは?!
5本線は、皇室ゆかりの建物の中でも最上クラスの証です。
余談ですが京都御所の中の案内は、ネットで予約もできますので、
京都に行かれる際は、早めに宮内庁のHPをチェックしてくださいね。

前半はここで終わります。