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2012年11月04日

        

「脱原発は選択の問題ではなく、不可避の現実である」田坂広志氏11/2自由報道協会会見

category - 日記
2012/ 11/ 04
                 
今後の原子力の課題について、田坂広志氏が語った言葉を要約させていただきました。
「みんな楽しくHappyがいい」に全文書き出しが載っています。
ぜひここをクリックして全文をお読みください。
「第4の誤解」が見当たらずそのまま要約しましたことをお詫びしますが、
内容の理解に支障はないと思います。

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原発ゼロ社会はみなさん選ぶんですか?という論調が今非常に広がっています。
特に原発を推進するという立場の方はおっしゃいます。
「原発ゼロ社会などを選んだら、この国の経済はおかしくなりますよ」
「電力料金は2倍になるし、雇用も減るし、海外に企業が行ってしまいますよ」

私が一番申し上げたいのは、
今この時点に於いて原発ゼロ社会というのは、
ゼロ社会を選ぶんですか?選ばないんですか?という選択問題ではありません。
これは不可避の現実だという事を申し上げています。



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第一の誤解。
「福島の経験に学び、原発を世界でも最高の安全を実現しよう」
「福島で原発事故、あれは古いタイプ」
「最新鋭のものは最先端の技術が使われています」

そもそも原発の安全性とは何か?


「原発の安全性は極めて高いレベルになりました」ということは、
実は一面にしか過ぎません。


世界の原子力の事故の大半は、原因は、ヒューマンエラーなんですね。


例を申し上げます。
「東海村のウラン転換工場で臨界事故が起こった」
聞いた瞬間に私はこう申し上げた。

「これは誤報です、あの手の施設は、作業員が右に回すべきバブルを左に回したとか、
その程度の事で事故が起こらないような設計がなされているんです。」

ところが…事実は、臨界事故が起こっていた訳です。

ウラン溶液は本来タンクからタンクへパイプで送液しなければならないのに、
作業を急いだ作業員が、バケツで汲みあげて注ぎ込んだ。

「この作業員がミスをしてしまった、残念だ」では終わらない。
この作業員に対する教育訓練はどうなっていたのか?
監督責任者はどこにいたのか?
何故作業員がこれほど急がなければならかったのか?
職場の安全文化はどうだったのか?


福島の事故も安全を論ずるとき、電源対策も津波対策など
技術的な面のところで議論することが多いんです。
それも非常に重要ですが、
あの事故を起こした、人為的組織的制度的文化的要因については、
本当にきちっとこの解決策を取られたんですか?


官僚機構、本来こういう場面で動くべき官僚機構がちゃんと機能しなかった。
SPEEDIもそうですね。

「なぜ、安全が求められる場面でその機能が果たせなかったのか?」という事に
メスを入れなければならない。


1年半たって、原子力行政の改革って、何が行われたのか?
それ以前に、「組織のここに問題があった」という事が、
どれほど行われたのか?という事をやはり論ずるべきだと思うんです。


国会事故調査委員会が、
「規制当局は電気事業者の虜になっていた」ということをかなり率直に指摘された訳です。

原子力規制委員会がメンバーが新たに選任され、
組織としての看板が変わっただけのことだと思いますね。

その下にある原子力規制庁については、
スタッフの8割は、原子力安全保安院。
それがそのままスライドしてきているわけです。


スライドしてきた組織は、電気事業者の虜となっていた構造が変わったのか?
ここに対するメスが入っていないんです。


行政の側の説明は「元の経産省、保安院には戻れなくする。
みんな心を入れ替えて頑張るでしょう」という事でした。
この論理ですら、私は最後まで反対したんですが、
これから5年間は元の組織に戻れるという条項が入ってしまいました。
戻れるとなれば常に本省の方を意識しながら仕事をする。
これは本当の改革なんだろうか?

東京電力が半分国有化されたような状態になっただけ、
それ以外は何も変わっていない。

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2番目の誤解
絶対に事故を起こさない安全な原発を開発すれば、
原発の利用を進めていける。 


原発の安全性とは、原子炉の安全性の事だけではない訳です。
核燃料全体の安全性の事です。
核燃料サイクル全体の安全性というのは、
再処理工場と高速増殖炉の安全性の事だけではないんです。 

核燃料サイクルを実践するための最大の課題というのは、
高レベル廃棄物と使用済み燃料の最終処分です。


原子力を実現するために一番大きなネックになるのは、結局、
廃棄物の処分ができないという事です。



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3番目の誤解
「高レベル廃棄物は地層処分ができるだろう」


国の計画も今は再処理工場で、使用済み燃料を全部ガラス固化体へと、
廃棄物を固め、30年から50年貯蔵したうえで、地下深くに、
「深い、安定な、地下水の移動の少ない岩盤中に埋めればいいんだ」
今の政策も公式にはこうなっています。

私のころは1000メートルよりも深いという数字でしたが、
いつのまにか300メートルになっていますが。

10万年の安全をどのようにして証明するか?

ウラン鉱床を地下深くから掘り出してきて、
それを燃やしてすごい放射能になる。
それを最後地面の深くに埋めるとすれば、
元のウラン鉱床と同じくらいの毒性にまで減衰すれば、
これで安全と言えるのではないか?
比較的理解しやすい考え方ですが、
この考えに基づくと10万年かかります。
高(低?)レベル廃棄物の場合には数万年です。

ところが、今年の9月11日に日本学術会議が提言書を出したわけです。
日本でも最高の権威が「日本において地層処分を行う事は適切ではない」とハッキリおっしゃったわけです。

その理由は、現在の科学では10万年の安全は証明できないという、
これはもう、正鵠を得た指摘でした。

今まで地層処分ができるという論理は、
地図を広げて活断層がない地域を全部マッピングして、
活断層の無い地域がこれ位あるから、そこに埋めれば大丈夫だという論をしていたんですが、
実は活断層が無いところでも地震が起こったという事がわかりました。

そして、地下水の速度が非常に遅いということを論拠としていた地層処分ですが、
これも福島ですか、地下水がある、地震が起こった後にもう、
毎分4リットル出て、1年半たっても地下水が止まらないという状況までNHKで紹介していましたが、
まだ現代の科学で分からないことが沢山ある。
したがって地層処分はするべきではないし出来ない。


従って数10年から、数100年。
現実にはこちらの数字の方が、我々が直面する問題になると思いますが、
暫定保管、つまり長期貯蔵をするべきだという事を指摘したわけです。
これも論理、必然的にそのような話だろうと思います。

で、実は世界の主要国の政策をみなさんご覧になると、
アメリカもドイツもフランスもイギリスもカナダも
どこも、一応地層処分をやるという建前で政策はつくられていますが、
よく読まれるとその手前のところに、
長期貯蔵ができるような政策論になっています。

ですからどの国も処分ができなくなるという事を想定しつつ、公式には認めず、
ただし、いざ、もう処分ができずに長期貯蔵が永遠と続く場合にも
数百年位はできるような体制に入っているのが現実です。


ただし日本は学術会議がそれを堂々と明確に指摘されたというところが、
ある意味では一つ世界から注目される部分かと思います。

長期貯蔵をせざるをえなくなるとすれば、
捨て場所の無いゴミがどんどん出るわけですから、総量規制をするべきだ。
これも、もう常識の範疇だと思います。

捨て場所が見つからないのであれば、ゴミをどんどん出すわけにはいかない。
従って、いま1万7000トン存在するといわれる使用済み燃料を、
仮にですけど、2万トンとか、仮に仮に3万トン、
で、もう打ち止めにするという事をやらざるを得ないわけです。  
要するに原発を稼働させるという事は、
この一点からの理由で、限界がやってくるという事です。
  

従って、最初に申し上げた、原発ゼロ社会というものは、
政策的な選択の問題では、もはや無くなっています。
これは不可避の現実と言わざるを得ないです。

廃棄物の方策の問題をまっとうに考えずに、
工場を操業しているのは原子力産業だけではないでしょうか。

後はもうほとんど一言だけで申し上げますが、
今申し上げたのは、もう一度言葉で申し上げれば、
「選択するか否か?」だというのは選択の問題ではない。
これは、「依存できない社会がやってくる」ということですね。

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で、もう一つだけ付け加えておくと、5番目の誤解というのは、
ここまで議論しても尚、

「いや、でも例の消滅処理とかというのがあるそうじゃないですか」
「高レベル廃棄物は原子炉の中で燃やすことができるそうじゃないですか」
「なくなるまで燃やしてしまえばいい」
「もしくは宇宙処分というのがあるそうじゃないですか」


これも私も20年研究し続けました。
「宇宙処分」はまず、あの瞬間に宇宙処分は無理だというのが世界の常識になりました。
チャレンジャーの爆発ですね。

「消滅処理」というのは原子炉の中で燃やし続けるという事で、
大きく二つの問題があります。
エネルギーバランスがそれでとれるんですか?
コストはどれくらいかかるんですか?

これは相当重い問題だと思いますが、それ以上に重い問題は、

消滅処理は実は、テクネチウムと呼ばれる、
軽くて長半減期の放射性物質が出てきてしまいます。
こういう事をイージーに原発を進める事の根拠として語ることには私は慎重です。


そして、「未来の世代がどうせ解決してくれるよ」というのも、
これはもう明らかに世代間倫理の問題になります。

地層処分をやって、埋めて、もし地表に汚染が戻って来るとしても、
100年以上先だと思います。
我々の世代の方が被害を被ることはないだろうと思いますが、
だからこそこの問題は非常に成熟した国民の判断が求められる。

原発そのものは現在の国民にも被害が及びますけれども、
廃棄物の処分は、我々がほんの少し無責任になればやれてしまう政策的な課題だという事が、
私はむしろ非常に怖いと思います。

国民一人一人の意識の成熟が、実は今求められている。

国民の意識の成熟という事は、これは私自身も問われていると思いますが、
メディアの方々もまた、国民がまっとうに考えるべきテーマを、深く問うていただきたい。
これは数百年を超えて、ま、10万年とまでは言わないですけれども、
「未来の世代に非常に難しい問題を先送りする政策なんだ」という事。
その事を申し上げてまずは私からの問題提起とさせていただきます。
            
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