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2012年09月

        

伊勢神宮レポ番外編 天の岩戸

category - 日記
2012/ 09/ 30
                 
伊勢神宮を後にして、車で25分。
天照大神が隠れ住まわれたところと伝えられる
天の岩戸にやってきました。
日本中にいくつもあるみたいですけどね、天の岩戸は。




駐車場を少し行くと、こんな感じの道が。
原生林の中に舗装した道があるという雰囲気です。

私たち2人だけだと少し怖い雰囲気ですが、
駐車場に車が数台あったので進んでいきました。




「天の岩戸」の案内板を見つけました。
伊勢神宮は暑かったけれど、ここはひんやり涼しかったです。




うっそうとした森の中へ入っていきました。
川のせせらぎの音がここちよく、清々しい場所です。




わかりにくいですが、中央に小さな滝(と呼んでいいかどうか・・・)
右に石段があります。




天の岩戸と書かれた鳥居がありました~。




この鳥居の奥の小さな洞窟が天の岩戸らしいですが・・・
正直なところ、いくらなんでも小さすぎる気がします。

ここでカップルに会いました。
風穴に行ってきたようでしたので、
どのくらいの距離か聞いてみました。
駐車場から天の岩戸までと同じくらいとのこと。

他にも何人か、行っている様子だったので、
私たちも行ってみようということになりました。




最初はこんな道だったのですが・・・





次第にこんな道になってきました。
おまけにうっそうとしていて暗いし、
行く途中に、帰って来る人たちとすれ違いましたが、
これから行くのは私たちだけみたい。




あと300mの看板を発見しました。
数字の30の白い色が消えていて、0mに見えます。
この地点で勇気ある(?)撤退をして帰りました。
 
最後までお読みいただいた方、
おつきあいくださって、ありがとうございました。
これでレポ完了です。(笑)
 
今日は台風でしたね。
愛知県は午後6時頃から暴風雨域に入ると言われ、
午後6時まで仕事だった私は、帰りが少し心配でしたが、
店長が5時で帰っていいと言ってくださったので、
お言葉に甘えて帰りました。
            
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伊勢神宮 内宮の歩き方3   2つの橋

category - 日記
2012/ 09/ 29
                 



橋を渡って風日祈宮さまにお祈りします。
風雨を司る神さまです。
伊勢は、伊勢湾台風があったくらいですから、
台風の被害が大きい場所だったのでしょうね。
田畑の豊作を祈り、海の安全を祈る土地柄でもありますね。

元寇が襲ってきた際、風日祈宮さまのおかげで、
神風が吹いたと言われているそうです。





橋の向こうの柱は倒木除けだそうです。
大木が倒れて流されてくると、橋が壊れちゃいます。




大型の台風が近づいています。
被害が最小限でありますようにと、
風日祈宮さまにお祈りしてきました。




白馬のお参り画像を見せていただきました。
なんと、毎朝、白馬は参拝するんですって!
たずなを上手に動かすと、白馬はちゃんとおじぎもするそうです。
悪天候だったり、馬のご機嫌が悪いときは、
お参りは中止になるそうです。
見てみたいですよね。




ガイドさんに、宇治橋が美しく見える場所を教えていただきました。




宇治橋の欄干の、木の部分は20年ごとに新しくされますが、
この金属の部分は、昔のものだそうです。
擬宝珠(ぎぼし)と呼ばれます。
帰り道の宇治橋の手前から2つ目(だったような・・・うろ覚え。
でも、色が違うから、これだ!とわかります。)の擬宝珠には
宇治橋を守る饗土橋姫神社(あえどはしひめじんじゃ)で、
1万度祈願したお札が納めてあるそうです。
このお札は「萬度麻(まんどぬさ)」と呼ばれています。

宇治橋の安全と、宇治橋をを渡られる方の安全の
両方を祈願しているので、帰り道の擬宝珠(ぎぼし)に
入れてあるようですよ。
宇治橋は、右側通行なので、行きにはこれを触れません。

さて、楽しかった伊勢神宮を後にして、
「天の岩戸」に向う私たちでありました・・・。
                         
                                  
        

伊勢神宮 内宮の歩き方 2 祓所と御稲御庫

category - 日記
2012/ 09/ 29
                 



「お手洗い ここから先はありません」の看板があります。
不浄を何より嫌いますから、お手洗いは困るんですね。
橋の向こうは、俗世間と切り離されているよということです。

御師さんたちの家は、伊勢神宮の敷地の外になりましたから、
神主さんたちは、家から神宮に通うことになりますが、
祭典があるたびに、神宮内の、お清めのための場所に寝泊りし、
心身を清めてから、お祓いを受け、祭典にのぞみます。




祓所(はらえど)の場所と、お払いの様子をプリントした資料。
資料の中で白く見えるのが、神主さんたちです。

しめ縄が 張られた一画が伊勢神宮の中に何ヶ所かありますが、
そこが祓所(はらえど)である可能性はかなり高いです。
神聖な場所に環境客が入らないようにしめ縄が張ってあります。




五十鈴川です。ここの水はいつもとてもきれい。
川に通じる道を整備したのが、徳川 綱吉だそうです。
生類憐みの令以外にも仕事してるんだよ~。
綱吉のお母さんは、家光の側室の桂昌院ですが、
京都の八百屋さんの娘さんで「玉」という名だったとか。
綱吉を産んで立場が上がり、立派な輿に乗る身分になったことから
「玉の輿」という言葉が広がったと言う説があるそうです。
あくまで「一説」なのですが、面白いですよね。




ここも祓戸です。
しめ縄のある空間に石の台があったら多分祓戸。
石の台の上に神様が降りていらっしゃるらしいです。




木が多く、すがすがしい場所です。





後ろの建物は御稲御庫。
資料は大きな祭典の時に捧げるお料理です。

名前の通り、米をしまう倉庫で、高床式になっています。
あれ?正殿の画像は?と思われましたか?
敬意を表して撮影してません。
多分、いけないんじゃないかな?




毎日朝晩のお供えはこんな感じだそうです。
神様にお料理をお供えしてするのは外宮です。
神様はぴょ~んと外宮に飛んでお食事なさるとか。

本当は外宮にお参りしてから、内宮にお参りするのが作法ですが、
つい内宮だけの参拝ですごすことが多いです。
しかし、この案内人さんの説明で、また今度、
外宮をお参りしたいねと友人と話が盛り上がりました。





御稲御庫だと気軽に撮影できますね。(笑)
中央にあるのが棟持柱です。
私が正殿で棟持柱に食いついたので(笑)ここで説明していただきました。

伊勢神宮は、ご存知のように20年ごとに神宮内の建物を
新しくお建て直しして、いつも神様に気持ちよくお過ごしいただいています。
伊勢神宮に使われる木材というのは、
それは尊いものですから、お下がりになります。
本殿の棟持柱は、20年すると、宇治橋の鳥居になります。
私、この話が好きなんですよ。
でも、棟持柱っていうのがよくわかりませんでした。
これなんですね。




さて、屋根の上の丸い木は鰹木(かつをぎ)と呼ばれます。
円柱形みたいですが、中央が丸くて鰹型だそうです。
この鰹木が偶数なのが内宮式で、奇数が外宮式。
上の画像は4本しか移っていませんが、横にもう2本あり、
全部で6本の偶数でした。

風穴の開いた板状のものは、千木(ちぎ)。
屋根の両端で交叉させてあります。
切り口が地面とは、内宮が水平、外宮が垂直。

神社に行かれたら、建物の鰹木、千木がどうなっているか
見てみるのも面白いかもしれません。(←マニアック?)

次回に続きます。
                         
                                  
        

伊勢神宮の歩き方 1 御師の話

category - 日記
2012/ 09/ 29
                 



逆光で失礼します。
このあたりは、江戸時代まで、たくさんの
「御師」の家が建っていたそうです。

お伊勢さん案内人さんをお願いする時に、
案内について、何かご希望がありますか?と聞かれました。

内宮の案内が希望で、伊勢神宮に仕える方たちや、
神事について知りたいと、お願いしてありました。
案内人さんは、その希望に従い、たくさん資料を用意して、
詳しく説明してくださいました。

御師(オンシ)は、伊勢神宮でお札をいただき、
それを全国各地の檀家へと配布していた、
権禰宜という階級の神主さんたちだそうです。

起源は平安時代後期。
多くの御師さんが、伊勢神宮のお札と檀家を日本中に広め、
伊勢神宮に参拝したいものだと思う檀家を増やしました。
地方からの参拝者には方言の通訳をこなし、

江戸時代の最盛期には、宇治に271家、山田に615家の
御師がいたとされています。
それぞれにたくさんの檀家を持っていました。

明治時代に御師制度が廃止され、御師の家は全て壊され、
この庭園になりました。

この庭園は、ぱっと見にはよくある日本庭園ですが、
左右対称になっていたり、芝生が敷きつめてあったりして、
明治時代に御師の家を取り壊して作られたと聞くと、
なるほど、明治時代っぽいのでありました。

しかし、画像一つでこんなに説明書いていたら、
日帰り旅行記、終わりませんね~。(笑)
次回からもっと短い説明にしますね。
でも、こんな話、あんまり聞けないので、
面白いかな~と思って書きました。
                         
                                  
        

渋滞とおかげ横丁

category - 日記
2012/ 09/ 28
                 
友人と、伊勢神宮&天の岩戸を訪ねるお出かけに出発。
 
普通なら、家から伊勢神宮までは高速を使って2時間少々。
11時に「お伊勢さん案内人」の方をお願いしてあったので、
余裕を見て8時に出発しました。

ところがなんと、途中で事故渋滞発生。
3キロの道を1時間かけて進むありさま。
途中で間に合いませんとお詫びの電話を入れると、
時間の変更は可能なので、ご心配なくと優しいお返事。
最寄のインターまで来たら、また連絡をすることになりました。

結局4時間かけて12時に到着しました。
よろしければ、お先に食事をどうぞ、
13時からにされますか?と、またまた優しい言葉を頂き、
神宮横の「おかげ横丁」に出かけました。
ランチの前に大急ぎでちょっぴり観光。




賑やかなお店が続く、このおかげ横丁には、
お土産屋、食べもの屋がたくさん並んでいます。




招き猫まつりの大招き猫、発見♪




招き猫の屋台もいくつも出ていました。
 




こちらはイベント関係なく営業している
招き猫専門店の店内です。
ここにいると飽きません~。
でも、今回は、さっと見るだけで我慢。




ランチは、これから歩くので軽く冷やし伊勢うどん。
伊勢うどんは、初めて食べると、びっくりの食感です。
全く腰のないふにゃふにゃのおうどんなんです。
「うどん」と呼ぶのは間違いじゃないか?という食感ですが、
慣れると、美味しかったりするんですよ~。
また、たまりじょうゆというのは、東海地方の人間にとって、
懐かしい味なんですよね。とんでもなく黒いんですが、
見た目と違ってそんなに塩辛くなく、甘みが強い味です。




こちらは赤福本店。
赤福とお茶をいただけますが、夏に人気なのは赤福氷。
さすがにもうやってないでしょうね~、。
かき氷の中に、赤福が入っている、夏季限定の人気商品です。
ジェイアール名古屋タカシマヤの中に赤福茶屋があり、
そこでも食べることが出来ますので、よろしければ来年お試しを。(笑)

本店は混んでいたので、ランチの後で、赤福五十鈴川店で、
2人で1皿(3個入り)を頼んで分けて食べました。
3個は多くて食べられない時、すみませ~んと言えば、
ちゃんとお茶は2つで1人前の赤福を持ってきてくださいますよ。

さて、待ち合わせの時間に近くなりましたので、
待ち合わせ場所である、伊勢神宮の鳥居まで行きました。

続きはまた明日~。
読んでいただいてありがとう。
                         
                                  
        

叔母の老人ホームの入所日、決定

category - 日記
2012/ 09/ 27
                 
叔母は老人ホームの体験入所を今日、終えて、
今までいた老健の施設に戻りました。

叔母は、精神的に不安定になったようですが、
その老人ホームに移ること自体は承諾し、
他の老人ホームを見に行く気もない、
どうせ移らなければいけないなら早めでいいと言うので、
そこそこ冷静な目も持っているかなと思いました。

老人ホームとの打ち合わせで、10月4日に入所することにしました。

叔母を老健に連れて行ってから、老健の相談員さんと話し、
仕事に行って6時まで働いた後、老人ホームの担当ヘルパーさんと
電話で詳しい打ち合わせをしたので、今日はとても疲れました。

ところで、現在入所中の老健では、家具は備え付けですが、
老人ホームは全てそろえなければいけないとの事。
布団、シーツ、タオルケット、シャンプー、リンス、石鹸、
バスタオル、タオル、タンス、掃除機、テレビ、小さな冷蔵庫、
必要ならテーブルや椅子、他の電気製品などなど。

う~ん、来週は出来れば仕事を1週間くらい休みたいなぁ。
4日に引っ越して、すぐ暮らせるようにするためには、
けっこう準備がいると思います。
職場に相談してみます。

------------------------------

明日は以前から友人と約束してたので、
伊勢神宮に行きます。
おかげ横丁と言う場所が内宮の横にあるのですが、
そこで「招き猫まつり」を開催中だとか。

それが目的なのではありますが、
伊勢神宮の内宮の案内人さんを頼んであります。
1時間半の説明で3000円です。お勧めですよ。
神事に興味があるので、それを中心に説明をと
お願いしてあります。

来年は式年遷宮。
とっても混みそうなので、今年のうちに。
今、新宮建設中なんでしょうね~??

伊勢神宮が世界遺産に認定されないのは、
式年遷宮で20年ごとに新しくなってしまうからですが、
使われている木材も無駄にしないで、削って違う場所に
きちんとお下がりとして、小さくなるまで使うそうです。
世界に誇る、日本の文化だと思います。

ネットで調べたら、近くに天の岩戸という場所があったので、
帰りに寄ってみることにしました。
天照大神はお隠れになったという、あの、天の岩戸♪
楽しみです。


私って、慌ただしくても、遊べるようになってますねぇ。
実はちょっとボーッとしたかったので、
この天の岩戸に行く山道って、よさげな気がするの・・・。
                         
                                  
        

リトルワールド(愛知県犬山市)

category - 日記
2012/ 09/ 26
                 
そういえば、土曜日にオットと出かけた
リトルワールドの画像があったのでアップします。
うっかりしてて、初めから電池マークがついていまして、
替えの電池も持ってない状態でしたが、
途中で電池が切れたものの、けっこう写せました。

楽しみながら歩くのが目的で行きましたが、
長女と長女の友人のためにオークションで買った
チケットの4枚のうち、使わなかった2枚の
期限が9月30日だったんです。
経営が同じ4施設の、好きな所に入れるチケットです。

リトルワールドは、野外民族博物館。
広大な敷地に、昔の色々な国の家が建っています。




アイヌの家の中。これは母屋です。
手前には自立した息子達の家がありました。




こちらはバリの貴族の家です。
神々や祖先を祀る建物、踊りやガムラン演奏をする建物、
寝室や台所も独立した建物になっています。
寝室も壁がなくて驚きました。
蚊に刺されまくり??蚊帳を吊ってたのかな??




サモア島の家。屋根はヤシの葉でできています。
タロイモを栽培し、魚を採って暮らしているサモアの人々の家です。




ランチはドイツレストランに入ったのですが、
あまり種類がなかったので、私はビール(笑)とウインナーを注文。
ウインナーは2人分で、オットと分けて食べましたよ。
紙に包まれた食べ物は外の屋台で買ったトルコのサンドウィッチ。







礼拝堂・・・どこの国だったか失念。
脳みそつるつるなので・・・残念。
ドイツレストランから近かったのでドイツかも。
(↑いいかげん)
パイプオルガンがきれいでした。




大道芸をやっている場所に人が集まっています。
正面がドイツレストラン。




昔のフランスの台所。
ここに立てば、気分はフランスのおかみさん?




インドのケララ州の村の建物の横にあった池と広場。
ここのお土産屋さんはけっこう楽しかったです。

中国国立雑技団のイベントがあったので行きました。
山形の民家で、さくらんぼソフトを売っていたので買いました。
甘酸っぱくて美味しかったです。

中国で日本の屋外イベントなどは、今、ありえません。
でも、逆はOKなんですよね。
みんな、すごい演技に拍手して応援しました。
この人たち、観客の日本人を見てどう思ってるのかな?
馬鹿とか死んじまえ、だったら嫌ですね。




最初は全員集合




かなり高いです




化粧が中国的でいいでしょう?




マッチョなおじさんと可憐な少女のペア。
ここでカメラの電池が完全に切れました~。
                         
                                  
        

叔母の老人ホーム体験入所

category - 日記
2012/ 09/ 25
                 
今日から叔母は2泊3日の老人ホーム体験入所。

不安のためか、朝食もあまり食べられなかったと
今入所している施設のスタップさんに聞きました。

知らない人ばかりの所へ行くんだもの、
当然、不安ですよね。

元々の叔母は、強心臓タイプだったのですが、
2回の脳梗塞で右半身の麻痺と言語障害を負い、
2回の骨折、特に今年2月の左足の付け根の骨折で、
体の自由を大幅に失って、車椅子の身になって以来、
かなりナイーブな人になっています。

強気で楽天的で行動的だった叔母は、
いまやシャイで気後れしやすくて、控えめで大人しい、
別人のような人になっています。

今朝、シュウトメちゃんと叔母の話をしていて、
自分は老人ホームになんか入りたくないと言うので、
さらっと言っちゃいました。
「でも、どうしても家で面倒を看られなくなったら、
その時は仕方ないですよ。
そうならないように、ちゃんとリハビリしてくださいね」

シュウトメちゃん、気がついてないけど、
「老人ホームになんか」っていうのは言い過ぎでしたよ~。

さて、老人ホームから帰宅して1時間ですが、
あと少ししたら、出勤しなくちゃいけません。
ホントは休暇を取っていたんですけれど、
風邪でダウンしたメンバーがいるので、人手不足なんです。

さて、仕度して行って来ます~。
                         
                                  
        

日本のこころの教育  境野勝悟 後半

category - 日記
2012/ 09/ 24
                 
「カ」は古い言葉では「カカ」、もっと古くは「カアカア」
更に古くは「カッカッ」と言いました。
これは太陽を意味していました。

男は妻に対して「日身(カミ)」さんと言いました。
「日身(カミ)」とは太陽の体、太陽の生命という意味です
江戸時代の職人たちは「カアカア」をとって「うちのカカア」と言いました。
子供たちも「カカ」をとって、「うちのカカさま」と言いました。
私たちは千年以上前から、自分の母親を「太陽さん」と呼んでいたのです。
「おかあさん」の「か」は太陽の意味ですよ。

「日身(カミ)」とは、小さい意味ではお母さんを指していますが、
これはお母さんだけでなく、私たち一人一人が「日身(カミ)」なのです。


日本の「日身(カミ)」は、天にいる神ではなく、
君たち一人ひとりを指して言うのです。
日本の「カミ」は、人間一人ひとりなのです。

日本の国土のマーク「日の丸」が太陽なら、
うちに帰ってお母さんを呼ぶにも「太陽さん」と呼んだ。
しかも、人間一人ひとりのことも「日身(カミ)」、
太陽さんと呼んだ。


そうやって私たち日本人は、「日の本の人」
つまり太陽を基本に生きる人として教育されてきたんです。
社会で、家庭で、いつも太陽との親和力をなくさないように、
太陽に感謝して、太陽のように丸く、明るく、
みんな仲良くやろう。それが、日本人の原点でした。
 


-------------------------------

それではなぜ父親のことを「おとうさん」というのでしょう。

夫は自分や子供のために、一生懸命に働いて、
生活の糧を運んでくれる。
危害を与える賊が来ると追い払ってくれる。
「夫も太陽さんのように尊い人だ」と言ったのです。

「尊い」という言葉から、お父さんのことを
「とうと」と言うようになりました。

私たち日本人は過程で母を太陽と呼び、
父を太陽のように尊い人と呼んで、
日本人の太陽を愛する心の心棒を作ったのです。


-------------------------------

昭和初期に「蟹工船」を書いた小林多喜二という作家がいました。
不幸な時代の風潮に災いされ、多喜二は憲兵に逮捕されました。

刑務所で2畳の部屋に入れられ、真冬に雑巾を絞って、
汚れてもいない床を毎日吹かされました。
疲れて倒れると憲兵が鞭を打ちました。

刑務所でも同情があり、母親に手紙が届けられました。
母親は北海道の小樽に住んでいました。
「3日後の11時から5分間面会を許す。
5分でよかったら東京の築地署まで出頭しなさい」

お母さんは近所で汽車賃を借りて出かけました。
雪で汽車が止まると、5,6キロの雪道を歩いて、
苦労して汽車を乗り継ぎ、時間に間に合って到着しました。

憲兵が余りに寒そうな母親を見て、火鉢を持っていくと、
「ありがたいけど、多喜二はひにあたっていないから
私もいいです」と火鉢を返し、
もう一人の憲兵がうどんを出すと、
「多喜二も食べていないからいいです」と食べませんでした。

時間ぴったりに多喜二が連れられてきました。
多喜二はお母さんの顔を見られず、
コンクリートの床に顔をつけて、母親に謝りました。
憲兵が「ほら、お母さんだ。見ろ」と言って、
グイと耳を持って多喜二の顔を上げました。

目は腫れ、顔は痩せ、頭は剃られて、
自分の息子かどうかもわかりません。
「多喜二か、多喜二か?」
「はい多喜二です。お母さん、ごめんなさい」

2人が泣きながら鉄格子から差し出した手を取り合う間に
面会時間は過ぎていきます。
見かねた憲兵が言いました。
「お母さん、しっかりしてください。
あと2分ですよ。何か言ってやってください」


ハッと気がついたお母さんは、残りの2分間、
繰り返し繰り返しこう言ったのです。

「多喜二ッ。お前の書いたものは一つも間違っておらんぞーッ。
おかあちゃんはね、おまえを信じとるよーッ。」
こういい続けて、雪の小樽へ帰って行ったんです。


多喜二は一度は釈放されますが、すぐまた逮捕され、
死刑を待たずに獄中で死にます。

「この数ヶ月間、あなたがたはみんなで寄ってたかって
私を地獄に落そうとしましたが、
遺憾ながら私は地獄へ落ちません。
なぜならば、母が、おまえの書いた小説は
一つも間違っていないと、私を信じてくれた。
昔から母親に信じてもらった人間は必ず
天国に行くという言い伝えがあります。
母は私の太陽です。その母が私を信じてくれました。
だから私は、必ず、天国に行きます」

最後の力をふりしぼって、そう言い切って、
彼はにっこり笑って、この世を去ったというのです。

多喜二のお母さんは、漢字が一つも読めないんですよ。
息子の書いた小説は一行も読んでいなかったのです。
でも「おまえの書いたものは間違っていない。
お母さんはおまえを信じておる」と声を張り上げて言ったそうです。

多喜二の書いた「蟹工船」はこちら。
http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3A%2F%2Fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2F%400_mall%2Fsurugaya-a-too%2Fcabinet%2F0281%2F3z4016m.jpg%3F_ex%3D128x128&m=http%3A%2F%2Fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2F%400_mall%2Fsurugaya-a-too%2Fcabinet%2F0281%2F3z4016m.jpg%3F_ex%3D64x64

漫画もあるんですね。

http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3A%2F%2Fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2F%400_mall%2Fsurugaya-a-too%2Fcabinet%2F0388%2Fwt10445m.jpg%3F_ex%3D128x128&m=http%3A%2F%2Fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2F%400_mall%2Fsurugaya-a-too%2Fcabinet%2F0388%2Fwt10445m.jpg%3F_ex%3D64x64


多喜二の事を書いた話は、この本が個人的にお勧め。

http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3A%2F%2Fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2F%400_mall%2Fnetito%2Fcabinet%2Fbooks%2F40%2F40414%2F4041437172.jpg%3F_ex%3D128x128&m=http%3A%2F%2Fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2F%400_mall%2Fnetito%2Fcabinet%2Fbooks%2F40%2F40414%2F4041437172.jpg%3F_ex%3D64x64

画像を借りたら、中古本の画像で「見本」って書いてあるhttp://my.plaza.rakuten.co.jp/img/emoji/h451.gif
少々脱線しました。失礼。


-------------------------------

私たちが知人に出会ったとき、「こんにちは」
「お元気ですか」と言いますが、この2つは、
「こんにちは、お元気ですか」と続いていた挨拶でした。
「今日」と言う言葉は、古くは太陽の意味でした。
「今日は」という挨拶は「やあ、太陽さん」という呼びかけでした。

「元気ですか」の元気は、元の気ですから、
太陽のエネルギーをさすことになります。

つまり「今日は、お元気ですか」とは、
あなたは太陽のエネルギーが原因で生きている体だと知って、
太陽さんと一緒に明るく生きていますか、という
確認の挨拶だったのです。

それを受けて「はい、元気です」というのは
「はい、太陽さんと一緒に元気に生きていますよ」という応答で、
それから「さようなら(ば)、ご機嫌よう」となります。
これは「太陽さんと一緒に生活しているならば、
ご気分がよろしいでしょう」となります。

これが私たちの挨拶の基本だったのですね。


-------------------------------

女生徒の皆さん、明るく、太陽さんのような
日本人の母になってください。
そして男性諸君、君たちは太陽をバックボーンにした
日本の男性になってください。

さてみなさん!
まず初めにやらなければいけないのは、
自己を知ることですよ。
自分の国の文化や伝統の価値を知ることです。

そこから出発しなかったなら、外国の真似ばかりして、
劣等感だけ持った腰抜けになりますよ。

他からは誰も真似なれない自分というものを
しっかりと確立してください。それが心棒です。
そして、自分達が大切にしているもののように、
他国の人たちが大事にしている世界各国の文化、
伝統、宗教を、真心込めて大切にしていくことです。


そのように思って、日本人としての自分の人生に、
大きな太陽のエネルギーを感じながら、
世界の隅々にまで視野を広げて、
平和な人生を送ってくださるようにお願いします。

本のまとめは以上です。
ここから先はkoalaの感想です。
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日本は、第2次世界大戦に負けて、
教科書に墨を塗らされた国民ですから、
今までの価値観はダメなんだという、
強力な洗脳を受けたと思います。

これは、塗らせた教師側にも塗った子供にも、
日本国民であることの誇りを失わせる出来事だったと思います。

その後、アメリカの豊かさ、自由さを見て、
経済成長を至上の目的として突き進んでも、
その際に、「まず日本の文化や伝統の価値を知る」ことが
軽視されたとしても、無理のないことだったと思います。

食べていかなくちゃいけませんでした。
貧しさを脱却できることは喜びでした。
子孫には、自分の経験した苦労はさせたくないと思ったでしょう。
経済的に豊かになれば必ず幸せになると信じたでしょう。

私たちは高度成長を経験しました。
たくさんの原発が作られました。
バブル崩壊を経験し、リーマンショック後の不況も経験しました。
鬱病は引きこもり、自殺者が増えました。

でも、貧しいからではないですよね。
不況とはいえ、日本の歴史から言えば、この上なく豊かです。
でも、私たちの気持ちは「太陽さん」で繋がってなどいなくて、
孤独で孤立した人が増えてしまいました。

今こそ、「はい、太陽さんと一緒に元気に生きていますよ」と
明るく言える心情で生きていく幸せを見つけ、
日本の魂に思いを馳せることが必要な時代だと思いました。

この本は、花巻東高校での講演に加筆したものだそうです。

勝手に略して載せてしまいましたが、
著者に損をさせてはいけないので
よろしければ、境野勝悟さんの本を買ってみてね。http://my.plaza.rakuten.co.jp/img/emoji/h264.gif
                         
                                  
        

日本のこころの教育  境野勝悟 前半

category - 日記
2012/ 09/ 24
                 
この間、道元「禅」の言葉 という本がよかったので、
著者の境野勝悟さんの別の本を買ってみました。
http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3A%2F%2Fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2F%400_mall%2Fhmvjapan%2Fcabinet%2F3054000%2F3053646.jpg%3F_ex%3D128x128&m=http%3A%2F%2Fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2F%400_mall%2Fhmvjapan%2Fcabinet%2F3054000%2F3053646.jpg%3F_ex%3D64x64

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この本もとてもよかったので、まとめさせていただくことにします。
高校生への講演会の原稿が本になっています。


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著者の境野勝悟さんは、かつてミッションスクールで
教鞭をとっておられたそうです。
卒業式の日、当時の校長先生、グスタフ・フォス氏に
「さようなら」の意味を聞かれましたが、
他の先生同様、答えられませんでした。
(この話は後半に出てきます)


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私たちが生きているのは太陽のエネルギーのお陰である。
そのことを日本人は感覚的に気がついていて、
何よりも大切にしてきました。


「日の本」は「日は本」、
つまり「私たちの命は太陽が元だよ」という意味で、
「日の本」の「の」が抜けて国名になったんです。

海外に行って、「日本人って何ですか」と聞かれたら、
「私たちの命の原因が太陽だと知って、
その太陽に感謝して、太陽のように丸く、明るく、
豊かに、元気に生きる。これが日本人です。」と
おっしゃってください。


それぞれが個人の才能を尊びあって生きる。
ピンセットでつまんで、この才能だけがいいとか、
この個性だけがいいとかいうことはしなかった。
共通の太陽の生命を喜び合って生きていこう。これが私たち日本人の生き方の原型だったのです。

競争ばかりして、弱いものをたたいて、
強い者だけが威張って強がっているのは、
太陽に生命を感謝しあって生きようとした
日本人の本来の生き方ではなかったのです。



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実は日本人は70年前、100年前は毎日毎日朝日を拝んでいたんです。
ほとんどの人が毎朝太陽を拝んだんです。
ラフカディオ・ハーンが日本に来たとき、
松江中学校の英語の先生になって生活を始めました。

ある日の朝方、まだ太陽が昇る前に、外で大勢の人が
がやがや言っていました。
その人たちは、山から太陽が昇ったとたんに、
みんな太陽に向かって「今日も一日お願いします」と
言ってパチパチと手を打ってお祈りをしていた。

太陽からの恵みに感謝して生きるという
バックボーンを持つ日本人に、感動し、
ラフカディオ・ハーンは、日本に帰化したそうです。

太陽に感謝して、みんなで仲良く太陽のいのちを生きる。
これが日本の心棒だったのです。


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空気も、山も木も田んぼも含め、大自然がないと生きていけないので、
私たちの先祖は、日本の自然を大事にしました。
大昔から山には神様をまつって自然を崇めました。
山にはみんな神様がいるとして、大地・自然を
限りなく尊ぶ教育をしたのです。


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ペリーが開国を訴えてきた時、幕府の役人に忠告をしました。
国旗をつけていない船は、大砲で沈めてもいいことになっている。
来年来るときまでには、日本の船には、
日本の国旗をつけて走るようにと。
日の丸か中黒(白地の中央に黒の横1文字)か、議論になり、
幕府は中黒を押しましたが、海軍総責任者に最終意見を求め、
責任者であった水戸の徳川斉昭が日の丸に決定しました。

大地、自然、国土というものは、うっかりすると、
私たちが生きている生命と何の関係もないと思ってしまいますが
日本の国土は、私たち日本人の生活を保障しています。
国旗が立っているところは、自分たちの大地であり、
自分達が永住していい自然であるという権利を示しています。

アメリカ人にとって、アメリカの国旗はかけがいのないもの。
イギリスに行ったら、例え10日間の旅でも、
イギリスの国旗に敬意を表さず、無礼な行動を取ると
大変なことになるのです。


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ヨーロッパの人、アメリカの人は言うんです。
日本人にゲーテやシェイクスピアの話はしてもらいたくない。
「源氏物語」を「徒然草」を「奥の細道」を教えて欲しい。


国際化といっても、向こうからもらうものがあったら、
日本にもこういういいところがあるんだよと
日本の文化・伝統のよさを返すようにしないといけない。

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私たちの先祖、私たちの民族は、1日3食食べられる国、
着るものが着られる国、雨露をしのげる家、
これを子孫にもたせたいと思って頑張ってきました。

50年前、100年前までは、日本人は充分には食べられず、
まともな服も着られなかった。今は違います。

幸福とは何ですか。
感謝して生きることが出来る人間が幸福だったんです。

その感謝の対象は、きみを生かしめているところの
人間共通の生命のエネルギーに対してなのですよ。


地球に存在する全部の生命は、みな、
この恵みによって生きています。

自分の人生を充実させていくのは、親でもないし、
先生でも、環境でもないように思います。
君たち自身が感謝する心を持てるかどうかだと思うのです。

感謝する大自然を持つためには、
自分で考えて発見しなきゃだめ。
自分でありがたいと思うものを、大自然の中に発見していくこと。

このみんなの共通の生命、共通の恵みに対して、
感謝の心を育てることが、日本人の心の教育だったんです。

私たちの先祖は、「みんな太陽さんに生かしてもらっている、
だから太陽さんに感謝しましょう」ということで、
朝みんな「太陽さん、ありがとう」と言ったんですね。
そうしたら1日1日が感謝感謝じゃないですか。
うまくいかないことがあって不安な気分になったとしても、
そんなものすぐ消えますよ。
そういう生き方をしてきたのが、私たちの民族なんだね。


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お墓に行くと「先祖代々」と書いてあるでしょう。
1番目に太陽の恩、2番目に自然の恵み、3番目には父母の恩。
この「父母」は、お父さん、お母さんを意味するだけでなく、
私たち人間の民族、長い間の父母です。

自分の生命というものを、もう少し大きいスパンでみてください。

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ここで前半を終わります。
読んでくださった方、ありがとうございます。
また、後半も読んで下さいね。(笑)

高校生に話しかける言葉ですので、とてもわかりやすい、
しかし、とても深いお話で、心に沁みました。

日本人の原点に戻って、生きて行きたいです。