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2010年12月20日

        

渡辺淳さんを知っていますか?

category - 日記
2010/ 12/ 20
                 
渡辺淳さんの最後の講演を、へっぽこ院長のブログで知り、
拝見して感動しましたので、ここでご紹介したいと思います。
文章は講演の話が大部分ですが、他で知った内容も書いてあります。

渡辺氏はJ-Workout 株式会社 代表取締役社長でした。
過去形なのは、先月29歳の若さで急逝されたからです。

渡辺氏は、中学時代の怪我の影響で脊椎間狭窄になり、
その状態は、歩行も困難なほど悪化したそうです。
医師から、過激な運動は禁止され、絶望感を味わいました
しかし、自分でトレーニングを考え、スポーツができるほど回復しました。

日本の高校を卒業後、アメリカの大学の教育学部に留学しました。
卒業後は小学校の教師になるつもりでした。
そんな時、親友が20歳で首の骨を折り、脊髄損傷で車椅子になるという出来事がありました。
親友は3年間日本でリハビリし、車椅子生活を送るまでには回復しましたが、
アメリカの脊髄損傷専門のトレーニングジムを探し出して渡米してきました。
親友の通訳として、そのトレーニングジムに同行した渡辺氏は、
日本では見捨てられているような重度の人たちが、全身トレーニングをしており、
しかも、明るい雰囲気なのに驚きます。

渡辺氏は親友を治すために、教育学部卒業後に運動学科に入り直し、
そのトレーニングジムに就職します。
ジムには世界中から患者が来ていました。

渡辺氏は2007年に帰国し、日本の病院に就職しました。
しかし、アメリカで取った資格は日本では前例のない資格で、
「患者に触れてはいけない」と言われ、病院での仕事は断念します。
自分の技術は、患者に触れないで伝える事はできないと思ったので、
病院を辞め、自分でジムを立ち上げました。

脊髄損傷は回復しないものだと言われています。
日本では1年に5000人以上ずつ脊髄損傷の人が増えているので、
人生80年で計算すると、計算上では300人に1人が脊髄損傷となるとか。
その人たちが、こんな宣告を受けるのです。
「あなたはこれ以上回復しません。
一生車椅子(もっと重症なら寝たきり)での生活になり、
膀胱直腸障害も負うので、排尿便も普通にはできません。」

しかし、その場所の全部の神経が切れる場合は少ないので、
5~10%残っていれば、迂回ルートを作ることが可能だというのが、
このトレーニングジムの考え方です。

赤ちゃんは、特別なトレーニングの指導などなくても、
寝返り、上体をそらす、よつんばい、ハイハイ、つかまり立ち、
立ち上がり、歩行、というプロセスをたどります。
このことは、人間にはもともと立ち、歩くというスキルが
組み込まれていると考えられるので、
同じプロセスを、何百、何千回と繰り返すことで、
脊髄損傷の人たちも立ち、歩く事ができるはず、というのです。

講演の最後には、3人の患者さんの例が動画で紹介されました。
最初は、スポーツ時の事故で、頚椎5・6番を損傷した男性でした。
2007年8月、試合中に事故にあい、100%回復しませんと診断されました。
その後、J-Workoutでのトレーニング開始。
2008年のknow no limitという、このジムのウォーキングイベントで
車椅子を持ち上げることで、車椅子からの卒業をアピールしました。
翌年には幅跳びのような動作で跳ぶ姿を、
その翌年には、走る姿を見せてくれています。

2人目の映像は、車椅子プロテニスプレーヤーの国枝さんという方でした。
9歳の時に脊髄を損傷し、一生車椅子生活と診断されます。
しかし、1年間のトレーニングの末、なんと17年ぶりに歩いたのです。
14歩でしたが、17年間歩けなかった人が歩けるようになるなんて、
今までの常識が覆った気がします。

最後に紹介されたのは、2分脊椎という障害を背負って生まれてきた和(のどか)くんでした。
1年7ヶ月のトレーニングで、クラッチという特殊な杖をついて
歩く姿が可愛かったです。
ボールを使ったトレーニングが楽しそうでしたけれど、
子供だからぐずることもけっこうあったんじゃないかな、
ご両親もトレーナーも、みんなで応援してここまできたんだなと感じました。

「Know no limit!」というのは、ジムのウォーキングイベント名でもありますが、
「回復に限界はない!」というジムのコンセプトでもあるそうです。

渡辺淳さんのご冥福をお祈りします。
            
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